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『マイクロファイナンスのすすめ』 [読書日記]

マイクロファイナンスのすすめ―貧困・格差を変えるビジネスモデル

マイクロファイナンスのすすめ―貧困・格差を変えるビジネスモデル

  • 作者: 菅 正広
  • 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
  • 発売日: 2008/10
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
マイクロファイナンスは開発途上国の貧困への援助だけでなく、国内の貧困に対しても有効な手段である。財政の制約や市場経済の先鋭化が懸念される中で、公でも民でもない「第三の道」であるマイクロファイナンスは、サステナブルな社会を作るカギになる。
財務省から北海道大学に「異動」した著者が、2007年7月のグラミン銀行ユヌス総裁の日本でのスピーチに感銘を受けて大学・大学院の授業に「マイクロファイナンス」を取り入れた際の情報収集と講義ノートをベースにして書き上げた本だと思われる。(「異動」という表現はどうなのかと思うが…。)

ただ、入門編の域をあまり出ていない本だという印象を受けた。例えば、ニコラス・サリバン著『グラミンフォンという奇蹟』を参考文献として実際にグラミンフォンについても著書の中で言及しているが、以前この本を紹介した時にも批判的に述べた通り、これに出資していた日本の商社・丸紅についてひと言も述べていない。即ち、サリバンの著書をそのまま鵜呑みにしているからそういうことが起きたのだろうが、著書の中で「一般企業へのマイクロファイナンスのすすめ」を述べるのなら、その先駆者でもある丸紅の取組みぐらいはちゃんと補足調査をしておくべきだったのではないかと思う。

著者の問題意識は明確である。「マイクロファイナンスは開発途上国の貧困への援助だけでなく、国内の貧困に対しても有効な手段であり、国内の貧困対策の1つとして位置付けられるべきものである」「マイクロファイナンスが日本で普及し大きな動きになれば、「自分の能力を活用できる層」が育成されることで、社会が変わるきっかけになる」(いずれもp.5)というところに集約されていると思う。これはその通りで、僕も共感するところだ。

しかし、米国のクリントン政権時代にマイクロファイナンスを連邦政府の政策としても取り入れたというのは結構有名な話で、「マイクロファイナンスは途上国でしか普及しない」などとは誰も思っていない。そんなステレオタイプのイメージがあるからマイクロファイナンス金融機関(MFI)が日本では全く育ってきていないのだと著者は言いたいのだろうが、僕はそうではないと思っている。考えられる理由は、①わかっていても始められない何らかの制約要因がある、或いは②そもそもマイクロファイナンスが日本で全く知られていない、のどちらかだろう。後者の方は著者も多少の意識は払っているように思われ、それが本書を書き下ろす動機の1つにもなっているようだが、まあ学問領域として確立は進んでいないとしても、概念はかなり普及をしてきていると僕は思っている。それでもMFIが育たないとしたら、むしろMFIが成長するのに日本特有の制約要因があるのではないかと考えるべきなのではないだろうか。

第1に、MFI設立を妨げるような法制度がないかどうか。この議論は、著者も引用している藤井良広著『金融NPO』の中にも出て来るので、著者が全く意識していなかったわけではないだろうが、MFIが法律上設立可能なのに設立されていないのか、或いは法律上設立が難しいから設立されていないのか、そのあたりの検証は本書の中でも最低限必要だったのではないかと思う。

因みに僕は著者が引用しているある報告書の取りまとめ作業に関わっていたことがあり、その当時から、マイクロファイナンス向け投資ファンドのような金融商品が出来たら、公的援助機関(即ちJICA)とタイアップして日本で販売促進できたらいいのになと思っていたのだが、そう思っていた2006年頃との比較でも特段進展がないとしたら、商品開発上、何らかの制度上のボトルネックでもあったか、それとも日本の投資家に受けがよくないと思われたのかどちらかだろうと考えている。

第2の制約は、そうした日本の資金拠出サイドのメンタリティだろう。著者もそれがあるから「マイクロファイナンスは高収益が期待される」と強調もしているのだろうが、欧米の機関投資家や財団等と比べると、大口の資金拠出をしてくれる投資家や財団はそもそも日本では少ないのではないかと僕は思う。

第3の制約は、MFIの制度設計の側にある。著者は途上国と先進国のマイクロファイナンスの成功例を踏まえ、マイクロファイナンスの不可欠の要素として、次の2点を挙げている。
①寄付・補助金等の外部資金に全面的に依存することなく、融資原資や運営資金をカバーする安定した資金調達を行うこと
貸し手と借り手の間にきめ細かな信頼関係を構築すること
(p.58)
僕が言いたいのはこの2つ目のポイントである。そして、著者は「日本でもマイクロファイナンスを」と声高に叫んでいるが、その割にはこのポイントについてあまり多くの言及をしていない。グラミン銀行でも5人でグループを作らせてそれでそのメンバーの1人に融資を行なうような制度設計にしており、それが貸倒れリスクを抑えるのにも貢献していると思うが、日本では借入れ希望者が他に自分のことをよく知る人を4人連れて来ること自体難しいだろう。そもそもコミュニティが崩壊してしまい隣り近所に誰が住んでいるのかも知らない我々が、グラミン方式の連帯保証をすることなど不可能で、それに代わる貸し手と借り手の相互理解促進の仕組みを考え出さなければいけない。その考察が抜けている状態で「~すべき」という持論を展開されても、議論が上滑りしている印象を受けるだけだ。

この第3のポイントが本書の大きなウイークポイントであるように思う。貸し手と借り手の間の情報の非対称性を克服して信頼関係を構築する日本独自の仕組みが考案され、現場で実証テストが行なわれている具体的な事例でもあれば、それを突破口にして地に足のついた議論が展開できた筈である。

日本で未だMFIの成功事例があまりないから致し方ないことなのだと思うが、国内の貧困についてマイクロファイナンスが取り組む対象を「自分の能力を活用できる貧困層」「就労の意欲と能力はあるのに貧困に苦しむ人たち」としながらも、実際こうしたグループに属する人々が僅かばかりの資金にアクセスできてそれで生活改善のきっかけを掴んだという具体的な事例がもっと多く紹介されていたらよかった。勿論、学部レベルの教科書としては本書はよく纏まっている。

2008年に本書を発刊した後、著者はマイクロファイナンスについて中公新書から別の本を出している。そちらもこれから読みたいと思うが、もう少し著者も関わった具体例が出てきたら面白い本になるのではないかと期待したい。
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