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『わたしが障害者じゃなくなる日』 [仕事の小ネタ]

わたしが障害者じゃなくなる日 〜難病で動けなくてもふつうに生きられる世の中のつくりかた
- 作者: 海老原宏美
- 出版社/メーカー: 旬報社
- 発売日: 2019/06/01
- メディア: 単行本
内容紹介【MS市立図書館】
障害者なんて、いないほうがいいのでしょうか? 難病をかかえ、人工呼吸器とともに生きる著者からのメッセージ。人は、ただ地面が盛り上がっただけの山の景色に感動できるのだから、同じ人間である障害者に感動できないはずがない。必ずそこに価値を見いだせるはず——。重度障害者として暮らす著者が、その半生をふりかえりながら、障害とはなにか、人間の価値とはなにかを問いかけます。
著者は東京都女性活躍推進大賞を受賞し、障害者問題のオピニオンリーダーとしても活躍中。「合理的配慮」など障害者理解に欠かせないテーマも取り上げ、「共に生きる社会」をみんなでいっしょに考えるための1冊です。
本書も、読書メーターで何かの拍子で知った。ブータンでも愛聴している「コテンラジオ」でつい最近まで「障害の歴史」の8回シリーズを聴いていたこともあるし、その前後に自分の勤務しているファブラボで、障害当事者の小中学生とデザインをかじった大学生が混じって自助具を試作するという「メイカソン」を主催してみたりして、ブータンの障害当事者の方々とも接する機会が最近とみに多いので、この際だからとその一環で近々読もうと考えていた。
余談だけれど、そのコテンラジオの「障害の歴史」シリーズの中でも、本書の論点と通じるのは第7回・第8回である。併せて視聴されることをお勧めしたい。
さて、本書の紹介に戻り、先ず著者の海老原宏美さんというのがどんな方なのか、本書にあった略歴をもとにご紹介する。
海老原宏美(えびはらひろみ)
1977 年神奈川県出身。1歳半で脊髄性筋萎縮症(SMA)と診断され、3歳までの命と告げられる。車いすを使いながら小学校、中学校、高校と地域の普通校に通い、道行く人に声をかけて移動のサポートをお願いする「人サーフィン」を身につける。大学進学を機に24 時間介助を受けながらの一人ぐらしをスタート。2002 年からは自力での呼吸が難しくなり人工呼吸器を使って生活している。現在、障害者の自立を支援する「自立生活センター東大和」理事長。
2016 年度東京都女性活躍推進大賞を受賞。「価値とは人の心がつくりだすもので、それは人間にだけ与えられた能力。ただの土の盛り上がりである富士山に感動し、価値を見いだせるのなら、自分と同じ人間である障害者にも価値を見いだせるはず。ただ静かにそこにいるだけで〝人の価値とはなにか〟を考えさせてくれる障害者は、それだけでじゅうぶんに存在する意味があるのではないか」と都知事に手紙を書き、話題となる。(以下、省略)
本書は3章構成だが、第1章はまさに海老原さんのこれまでの歩みがご自身の語り口調でまとめられている。その上で第2章「障害者ってかわいそうなの?」では「合理的配慮」や「人権」について、第3章「人間の価値ってなんだろう?」では、ちがいを受け入れ合う社会の構築への主張がなされている。
薄い書籍で文字数も多くはないが、その1つ1つが心に響く。あまり多くを引用するわけにはいかないけれど、1つだけ紹介する。
わたしは世界各地を車いすで旅してきましたが、アメリカでもニュージーランドでも、子どもたちはふつうに近づいて、わたしに話しかけてきました。ところが、日本の子どもたちの多くは、わたしを見るとびっくりしてかたまってしまいます。
欧米の子どもたちと日本の子どもたちの、どこがちがうのでしょうか。
それはたぶん、欧米では障害のある子どもが、健常者といっしょの学校に通っているからだと思います。
障害のある子どもの学校を分けている国は、じつは多くありません。授業についていけない子はときどき別のプログラムをやることがありますが、同じ地域の学校で勉強しています。
日本では、子どもに障害があることがわかると、地域の学校ではなく特別支援学校をすすめられます。そちらに通った方がその子のためになる、その子のペースに合わせた教育ができる、と伝えられます。でもわたしは、健常の子どものじゃまにならないようにと分けている気がしてしかたありません。
(中略)
小さなころから分けられた環境にいる人は、障害者と接するチャンスがないまま成長します。
そうするとおとなになっても、社会の中で障害者を分けようとします。本当はたくさんの障害者がいるのに、自分たちといっしょにすごすことをイメージできません。
逆に、子どものころからいっしょに育った人は、社会の中で障害者を分けようとはしないし、困っている障害者を見てとまどったりもしません。自然に手助けができるようになるのです。(pp.146-148)
いみじくも、同じような論点がコテンラジオの「障害の歴史」の第8回でも出てくる。「経験しないとわからない」という主張だったが、それを聴いた後で本書を読んだら、言わんとすることはとてもよくわかる。ちなみに、コテンラジオによると、ある調査では日本は障害者と接した経験がない人の割合が世界的に見ても高い国なのだそうだ。
そして、日本と同じ道を歩んでいるのがブータンである気がする。障害者と接する機会もないまま、エリート大学に進み、その後もエリートになる道を目指している。先月開催したミニ・メイカソンを傍観していて、CSTの学生の初日の戸惑い方とか、同席していたCSTの教員の後日談とか、ああこの人たち、今まで障害当事者の方々と一度も接することなく大人になったのだなというのがよくわかった。
当たり前の論点なのだけれど、それをシンプルにまとめておられる文献は少ない。本書に出会えて本当に良かった。
なお、著者の海老原宏美さんは、2021年末にお亡くなりになっているそうである。
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