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『サイロ・エフェクト』 [仕事の小ネタ]

サイロ・エフェクト 高度専門化社会の罠

サイロ・エフェクト 高度専門化社会の罠

  • 作者: ジリアン テット
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2016/02/24
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
文化人類学者から転じたフィナンシャルタイムズアメリカ版編集長が、「インサイダー兼アウトサイダー」の視点で、鮮やかに描き出す、現代社会を捉えるもっとも重要なコンセプト。高度に複雑化した社会に対応するため組織が専門家たちの縦割りの「サイロ」になり、その結果変化に対応できない。その逆説を「サイロ・エフェクト」という。

「サイロ」という言葉、日本語では「縦割り」とか「タコツボ」、「セクショナリズム」と表現した方がいいかもしれないが、僕が3月まで所属していた部署ではかなり頻繁に耳にした言葉でもある。それも、別に自分の会社のことで言っているだけじゃない。去年9月に国連サミットで採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」自体が、サイロ問題への挑戦だからだ。

17あるSDGsのゴールは、どれ1つとってみても、国レベルでの目標達成に向けて担当省庁を決めづらく、多くの国では複数の省庁にまたがって取り組まなければならない。気候変動対策や生物多様性、貧困撲滅や不平等の解消といったゴールは、そもそもどこの省庁が目標達成に向けた努力をリードするのかがはっきりせず、お見合い状態になって間にボールがストンと落ちるリスクが付きまとう。逆に教育や保健のように、どの省庁が目標達成努力の遂行に責任を負うのかははっきりしている場合であっても、そのゴールの下にぶら下がるターゲットのレベルでの具体的な取組みになってくると、別の省庁が所管している取組みが相当複雑に絡み合っているケースが多い。サイロ問題を克服できなければ、SDGsの達成見込みが危ぶまれることになる。だから、国レベルのSDGs目標達成努力のリード役は、省庁レベルに分散させるよりは、もう一段高いレベルでの旗振り役・お目付け役が必要だと考えらえる。SDGsで「政治のリーダーシップ」が強調されるのもそうした所以だろう。

話が脱線するが、ここブータンでは、政府の規模が比較的小さいこともあって、上意下達がわりと機能しているように感じる。各省の局長級以上になると、省庁や地方政府との間での異動が行われており、単独組織の中で純粋培養でトップに上り詰めるというキャリアパスにはなっていない。局長級以上は従って省庁の枠を越えた広い見識を持っておられる方が多いように思える。これもサイロ問題を軽減する1つの仕掛けだろうと思う。

それでも、問題がないわけではない。市の公共事業の発注は市役所が行うが、市役所職員に構造設計や費用積算を綿密にできるエンジニアが少なく、結構どんぶり勘定で業者入札を実施する。実際に施工段階に入ってから問題が顕在化してきて、予算が足らなくなったとか、当初期待された通りに動かないとか、そういう状況に陥ってから初めて、エンジニアリングサービスを行う中央省庁の部署に泣きの相談が飛び込む。第三者から見れば、設計段階で市役所と中央省庁が協働してれば問題は未然に防げたのではないかと思えるのだが、組織をまたいで行われていることなので、簡単には解消されないのかもしれない。

そんなことを考えると、サイロ問題って、意外とナレッジマネジメントやヒューマン・ネットワークの問題なんかとの関連性が高いのかなという気がする。最初からどこの誰が何を知っているのか、何をやっているのかを知っていることができたら、お見合いの問題や重複の問題は回避できるような気がするし、まったく異質の人と人が出会って、交流する中からイノベーションが生まれたりもする。

さて、そんな折に発売されたドンピシャのタイトルのこの本、極めて読みやすいのでお薦めする。著者がジャーナリストだからというのも勿論のことだが、元々人類学選考でフィールドワークの経験もあり、物事を見る際の枠組みがしっかり定まっていることも大きいと思う。そして、翻訳もなかなかいい。違和感を感じる訳文があまり目立たない。

いつものように、気になった箇所の引用をここで載せておく。

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現代社会のパラドクスは、ある部分ではきわめて密に統合化が進む一方で、他の部分ではひどく細分化が進んでいることだ(p.8)

世界が単一のシステムとして結びつきを強める一方、われわれの生き方は依然として細分化されている。大規模な組織の多くは縦割りで、数えきれないほどの部署に枝分かれしており、協業は言うに及ばずコミュニケーションすらままならないケースが多い。われわれは隔絶された心理的および社会的「ゲットー」に住み、自分と似たような人々とだけ交わり、共存する。(pp.26-27)

専門家チームに分けられると互いに敵対し、リソースを浪費することもある。互いに断絶した部署や専門家チームがコミュニケーションできず、高い代償をともなう危険なリスクを見逃すこともある。組織の細分化は情報のボトルネックを生み出し、イノベーションを抑制しかねない。何よりサイロは心理的な視野を狭め、周りが見えなくなるような状況を引き起こし、人を愚かな行動に走らせる。(p.28)

複雑な世界にはスペシャリストや専門家集団が必要だが、それと同時に統合的な、柔軟な視点で世界を見る必要もある。サイロを克服するには、この両極の間の細い道をうまく渡っていかなければならない。(中略)この難しい課題に取り組む第一歩は、まずサイロの存在を認めること、つづいてその影響についてしっかりと考えることだ。そうした分析や議論のフレームワークとして有効なのが人類学である、というのが本書の主張だ。(pp.33-34)

20世紀に始まった学問「人類学」は、アウトサイダーの視点をもってその社会の規範をあぶり出す学問である。その社会で当たり前すぎて「見えなかった」規範が、アウトサイダーが中に入って暮らしてみることで見えてくる。(p.40)

人類学者が研究対象としてきたすべての人間社会に共通するのは、公式および非公式な分類システムや文化的ルールを使って、世界を複数の集団に分ける傾向があることだ。(p.43)

人類学者の研究には共通する特徴がある。あとえば参与観察を通じてありのままの生活を見ようとする姿勢、社会のほんの一部に注目するのではなく全体をむすびつけて理解したいという意欲、建前と現実のギャップあるいはわれわれの生き方を特徴づけるような社会的沈黙を分析することへのこだわり、そして何より、人間の存在のあり方を規定する明示的あるいは暗黙の文化的パターンを理解したいという情熱(pp.67-68)

必要なのは謙虚さと好奇心を忘れず、積極的に質問、批判、探求、議論をする姿勢、そして新鮮な目で世界を見て、自分が当然と思っている分類システムや文化的パターンについて思いをめぐらすことだ。(p.68)

革新的な発想をするカギは、境界に疑問を持つことである、(中略)創造力は異なるところで生まれたアイデアを混ぜ合わせたときに生まれることが多い。(中略)イノベーションはある分野が別の分野と接する縁の部分で起きる(p.264)

われわれのシステムをカネで買ったところでサイロを破壊することはできない。システムは自ら創らなければ意味がない。新しいシステムを構築するプロセスやそれについて議論することを通じて、組織は変わっていくのだ。(p.280)

「大規模な組織においては部門の境界を柔軟にしておくのが好ましい」「組織のメンバーが内向きになったり、守りの姿勢になるのを防ぐには、交わる機会を増やす必要がある」「協調重視の報酬制度」「情報の流れも重要」「組織が世界を整理するのに使っている分類法を定期的に見直すことができれば、願わくは代替的な分類システムを試すことができれば、大きな見返りがある」「サイロを打破するにはハイテクを活用するのも有効」(p.317-320)

人類学者に倣って「インサイダー兼アウトサイダー」の視点から自分たちが世界をどう分類しているかを見直すのは、リスクに抗う方法の一つだ。インサイダー兼アウトサイダーとなることで、分類システムをより大きな文脈の中で見られるようになる。分類方法に重複や漏れがないか、隙間からこぼれおちている事柄がないか、組織内の境界が危険なほど硬直化したり時代遅れになったりしていないかを新たな視点で見直すこともできるようになる。(pp.322-323)

自分の属するサイロの外側にいる人やアイデアとの出会いに対してオープンな姿勢を保つこと(p.324)

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こうして見ていくと、サイロ問題の克服策というよりも、人類学の慫慂に著者の意図を感じたりもする。勿論、人類学者が実際に行っているような参与観察を僕たち多くの読者が皆できるわけではないが、少なくともどこかのサイロの中に組み込まれてしまっている人間が、その立場を客観視して、サイロ打破してイノベーションを起こすには、何をどうしていったらいいのか、サイロにとどまっていると失われるであろう機会が何なのか、具体的事例も踏まえて多くのヒントを与えてくれる本であることは間違いない。

いい本に出会えたと思う。「インサイダー兼アウトサイダー」―――重要なキーワードだ。


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