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養蚕農家の経営規模と生産性 [シルク・コットン]

Kumaresan, P., R. G. Geetha Devi, S. Rajadurai, N. G. Selvaraju and H. Jayaram
"Performance of Large Scale Farming in Sericulture - An Economic Analysis"
Indian Journal of Agricultural Economics
Vol. 63, No. 4, Oct.-Dec. 2008, pp.641-652


南インドの養蚕を国際的に競争力のあるものにするには、生産される生糸の質を今以上に上げる努力が求められる。そのためには、生糸生産に至るまでの川上の各工程についても、質を落としめるようなリスク要因をできる限り排除していくことが必要だ。でも、そうすると、独立した飼育棟を作ったり、肥料や消毒剤を調達したり、灌漑用水を確保したりするのにお金もかかる。初期の資本投資も、養蚕開始後の運転資金としてもお金が必要だということは、資金調達能力が低い小規模農家にとってはそれだけ不利で、養蚕の普及が図られることで養蚕農家の間、或いは養蚕農家とそうでない農家との間で格差が広がっていくのではないか―――。

これは、ここ数ヵ月僕の頭を悩ませてきた大きな疑問だった。そこで、養蚕が大規模経営に有利に働くのかどうかについて書かれた論文を探してみたところ、おあつらえ向きにちょうど好いのがあった。著者は、インド中央蚕糸局(CSB)参加の国立研究機関やその分場に所属する研究者グループである。

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1)インドは世界第2位の生糸生産国で世界の生糸生産の15%を占める。しかし、その生産性と生糸の質は、中国や日本には及ばない。生糸の生産コストは他の国々と比べて高い。低い生産性と生糸の質の問題は、養蚕農家と製糸業者の操業規模が小さいことが原因で、繭や生糸の生産に伝統技術が依然使われていることによる。国の研究機関による長年の研究の成果として開発されてきた新しい技術は、収穫の安定と蚕飼育時の労働の節約をもたらし、大規模商業生産が経済的に実現可能なところまで来ている。新しい技術は先進的農家や教育を受けた人々の間では特に好意的に受け止められている。

2)本稿は、大規模養蚕農家と小規模農家との生産性と経済性の比較により、大規模生産が費用対効果の面でも好ましいものであることを実証することを目的としている。

3)本研究は、タミルナドゥ州コインバトール県の大規模養蚕農家60戸と小規模農家60戸をサンプルとしてデータを取り、比較研究を行なった。なお、大規模農家と小規模農家の境界線は桑園面積が5エーカーあるかどうかによってその結果は以下の通りである。

4)経営規模: 養蚕農家の経営規模は所有桑園面積と1蚕期あたりの飼育カイコ頭数によって決まる。大規模経営農家グループの所有する平均桑園面積は6.05エーカー、小規模経営農家の場合は2.19エーカー程度である。調査対象地域のサンプル農家全てが、この桑園を2つに分け、桑の収穫を交互に行なうことで、年間10回の蚕飼育を可能にしている。大規模農家の場合は1蚕期当たり500~750dfls(病気のない蛾500~750匹が産む卵の数のことで、蚕種ないし稚蚕の取引の単位として使用)を掃き立て、小規模農家の場合は平均230dflsであった。

5)大規模蚕飼育の収益性: 小規模農家は桑園1エーカー当たり1,068dflsを掃き立て、大規模農家は1,030dflsであり、小規模農家の方が桑園1単位当たりの掃き立て数が若干多かった。また、100dlfs当たりの平均繭収量は小規模農家の場合64.63kgで、大規模農家の61.92kgと比べても生産性が高いことがわかった。ここから算出した桑園1エーカー当たりの年平均繭収量は、小規模農家690.36kg、大規模農家637.80kgと、小規模農家の方が効率的な養蚕経営が行なわれていることがわかる。なお、両グループの間で生産される繭の品質には大きな差はなかった。これにより、繭1kgの生産コストは小規模農家93.48ルピー、大規模農家100.61ルピーとなった。

6)大規模養蚕農家の制約: 以上からわかる通り、大規模農家は小規模農家に比べて規模の経済性が実現していない。そこで大規模農家に何が経営上の課題となっているのかを尋ねたところ、75%以上の農家が、適切な時期に労働力を確保できないこと、それによる賃金上昇が問題だと答えている。31%の農家はさらに繭のマーケティングの問題も指摘している。これは、近隣の繭市場よりも隣りのカルナタカ州の繭市場の方が取引価格が有利なので、タミルナドゥ州の農民もカルナタカまで繭を運んでいかなければならないからであろう。繭価格の変動や、収穫の不安定性、普及員による不適切な技術ガイダンスなども問題点として指摘されている。

7)大規模養蚕経営は、費用便益比率が1:1.48であり、投入費用に対して1.5倍の収入が得られ、経済的に実行可能で商業的にもペイすると考えられる。養蚕の集積性が高いことで、大規模農家や、教育は受けているが農村で働く機会のない失業青年、農村部に住む企業家等に、普及プログラムや職業訓練、企業家育成プログラム等を通じて新たな機会を提供することができると期待される。適当な資本と専門スキルを持ち、投資機会を求めている企業にとっては、養蚕への参入が望ましい。そのためには民間投資を促進する政策が取られることも必要である。

8)しかし、大規模経営が小規模経営に比して収益性が低いという現状では、大規模経営により適合する既存技術の微調整が必要となる。特に、壮蚕(四齢、五齢)期の労働力確保は大きな課題であり、条桑育(shoot harvest)、上蔟(mounting)、収繭(harvest of cocoon from mountages)といった労働集約的な作業について、労働節約的な機械や技術ノウハウが導入されることが必要だという。

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以上を見ていくと、現状は大規模農家が有利だとはいえないし、桑園面積5エーカー未満の中小規模農家でも大規模農家に互してそれなりに収益をあげていけることがわかる。勿論、境界を「5エーカー」に定めることについてはもう少し検討が欲しい気はした。中には1エーカー程度の桑園しか持たない農家もいる筈だからだ。

しかし、長期的に見たら、壮蚕期の飼育にかかる労働投入費用を節約する様々な工夫で生産性を向上させることが必要で、そこは道具の工夫など改善の余地はあるものと思う。南インドは北に比べて労働市場がよりひっ迫してきていて、農村部でも十分な労働力を確保することは難しくなりつつある。労働節約的な技術の導入に向けた検討努力はこうした政府系研究機関で行なわれる必要があるのだろう。
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