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『近代製糸技術とアジア』 [シルク・コットン]

近代製糸技術とアジア -技術導入の比較経済史-

近代製糸技術とアジア -技術導入の比較経済史-

  • 作者: 清川 雪彦
  • 出版社/メーカー: 名古屋大学出版会
  • 発売日: 2009/03/05
  • メディア: 単行本
内容紹介
何が技術への適応化の成否を分けるのか――産業革命を経てアジアに「里帰り」した近代製糸技術が、日本・中国・インドで定着してゆく過程を、文献史料や統計データ、現地調査などに基づき総合的に比較分析。市場や企業家精神など技術への適応化を規定する要因を明晰に抽出した労作。
あとがきまで含めると600頁を超えるという大部な専門書である。序章、終章を含めると合計15章あるが、本書は欧州生まれの近代製糸技術が、日本、中国、インドの3カ国にどのように移転導入され、どのように定着していったのかを比較分析するというものであり、本書を読むにあたっての僕の問題意識は主にインドにしかないため、僕が読んだのは主に次の3章だけである。(といってこれだけで100頁以上あるが。)

 第Ⅳ部 インドにおける蚕糸技術導入の困難性
  第12章 西欧技術の導入と在来技術への同化
  第13章 インドの蚕糸技術水準の現状
 第Ⅴ部 技術導入と社会適応力
  終章  導入技術の適応化とその規定要因

おそらく各章が著者が各所で発表してきた独立した論文をまとめたもので、1章1章を切り離して単発で読んでもかなり理解できる内容となっている。インドの章も、書籍に取りまとめる際に多少の編集はされたものと思えるものの、データとしては若干古く、おそらくは現地調査自体は1980年代、論文執筆自体は1990年代前半頃に行なわれたのではないかと思われる。歴史を扱っている本は、その価値が経年劣化しないところにメリットがあると思える。いろいろなところで発表してきた各々の論文を総合すると、いかにも著者のライフワークのような体系的な1冊としてまとまり、いろいろな意味でとてもいい本に仕上がっているのではないかと思われる。そしてあとがきを読んでいると、この編集作業に僕が数年前にお仕事でご一緒した知り合いの方が加わっておられることに気付いた。久々に連絡をとって食事にでも誘ってみようかなと思う。

自分が今調べている南インドの養蚕振興の貧困削減効果に対して、本書は南インドの製糸業を中心に見ているため、本書を読んでものすごく参考になったかというとそうでもない。ただ、繭から糸を引く工程以降にあるインドの問題については、これまでヒアリングをした方全員が大きな問題点であると指摘されていたにも関わらず、僕自身が十分な知識を持っていなくて理解できなかった部分でもある。そこのブラックボックスをうまくクリアにしてもらえた参考文献として、出会えて本当に良かったと思える1冊である。

インドに関して言えば、著者が収集された19世紀後半から20世紀前半のインド製糸業に関する文献のボリュームには感動させられる。僕が近所にある図書館に行っても、インドの養蚕に関わった日本人としてなんとか確認できたのは1919~20年頃の米村政雄博士までで、あとは聞き取りの過程で日本人の女工さんがマイソール藩王国――マハラジャの時代に繰糸工への技術指導を行なったというのを聞いたが、いつ頃の話なのかまでは確認ができなかった。この辺のブラックボックスは、本書を読んでかなり埋まり、日本人による技術指導は1905年頃が最初だったというところまで確認できるようになった。

第2に、この3カ国の比較をすると、直接比較対象となるのは一化性と二化性の蚕であり、そうするとインドの場合、本当に二化性繭の増産の必要性が言われ始めたのは1980年代以降のことであり、地域的にもカルナタカ州とアンドラ・プラデシュ州南部、タミル・ナドゥ州北西部辺りだけにしか焦点が当たらないが、著者はインドの製糸業をトータルで見ているため、こうした南インドのインド最大の繭生産地帯だけではなく、近代製糸技術が最初に持ち込まれた西ベンガル、唐沢・原田両博士が1957年に指導に訪れ、一化性のいい蚕が育てられる環境にあるにも関わらず官営製糸工場の低生産性(イタリアの機械が導入されていたにも関わらず)がボトルネックになって良質の生糸が生産できないと指摘されていたカシミールにも相当量の記述があり、さらには家蚕ではなく野蚕シルクの一大生産地であるアッサムやビハールあたりでも現地調査を行ない、野蚕生産にもかなりに言及がある。その点ではインドの蚕糸業を概観するという意味でも好著だと思った。

最後に、インドの養蚕の問題は繭の質というよりも製糸工場の繰糸工の熟練度や工場監督官の品質向上への意識の低さにあるという本書の指摘は新鮮だった。多化性よりも二化性繭の方が糸が多く取れるというのは間違いないのだろうが、今のインドの製糸技術では、近代技術を導入しているという割には二化性繭の糸量を活かし切れておらず、二化性繭増産のメリットを十分生かし切れていないということなのだろう。そのボトルネックは、繰糸工が特定の低カーストの仕事になっていて、元々工員の教育水準が高くないことや、それを管理する技術責任者が現場の繰糸工とあまり交流を持っておらず、繰糸技術への理解が不足している上に、品質向上への意識付けを促進する賃金体系になっていないことなどだと著者は指摘している。

日本はJICAを通じて1991年から2007年まで二化性養蚕技術の開発と普及に向けた技術協力をインドに対して行なってきた。この技術協力を通じて、繭の品質向上と養蚕農家の所得向上には相当貢献し、実績もあげてきたようだが、最後の課題として上で述べた製糸技術の向上があるとの認識が関係者の間で共有されていたと聞いている。そうした技術協力が実現せず、この養蚕分野での協力が2007年に終了してしまったのは残念なことだと思う。


*余談ですが、12月上旬に出かけたインド個人旅行で、デリー滞在中にカルナタカ州物産店(Cauvery Arts & Crafts Emporium)で純マイソール・シルクの製品を実際に見てきたのでご紹介しておきます。
URL: http://www.cauverycrafts.com/

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ついでに言うと、カルナタカ州でもう1つ有名なのは白檀(サンダルウッド)の彫刻品です。物産店の1階は殆どが置物で占められ、2階はシルク製品が販売されています。僕はマイソール・シルクのショールを妻へのお土産で買って帰りました。

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