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『世界銀行とNGO』 [読書日記]

世界銀行とNGOs―ナルマダ・ダム・プロジェクト中止におけるアドボカシーNGOの影響力 (阪南大学叢書)

世界銀行とNGOs
―ナルマダ・ダム・プロジェクト中止におけるアドボカシーNGOの影響力 (阪南大学叢書)

  • 作者: 段 家誠
  • 出版社/メーカー: 築地書館
  • 発売日: 2006/04
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
アカウンタビリティーが問われたプロジェクトはこうして止まった。「ダム・プロジェクト中止」という異例の事態がどのようにして起こったのか。そこから見えてくる「世界銀行」の実態とは。NGOと世銀の攻防を通して「巨大国際官僚組織」の本質に迫る。
この週末、珍しく自宅に仕事を持ち帰っていた僕は、子供達と時間を過ごして現実逃避を図った土曜日の生活を反省し、日曜日は朝からコミセンの図書室にこもって仕事に集中した。と言いつつも実は12日(金)が返却予定日だった本があり、それくらいは読み切って週末を締めくくりたいと考え、土曜日も含めて多少の時間を本書の読み込みに充てた。

本書は著者が横浜国立大学大学院で博士論文として書かれたものである。インドのナルマダダム・プロジェクトに対する世銀融資の中止のプロセスをかなり膨大な資料を用いて克明に描いており、当時の状況を知るにはちょうど良い文献だと思う。但し、本書の目的は「ナルマダ・ダム・プロジェクトを事例に、世銀とアドボカシーNGOs関係を新たに判明した資料を用いて明らかにして、世銀意思決定過程における外部アクターとしてのアドボカシーNGOsを位置づける仮説を提示」(p.157)することにある。確かにこのプロジェクトは、環境問題と住民移転問題で、世銀貸付が完全に中止になった最初の事例である。従って、中止の決定に至るプロセスについてどのアクターのどのような力が働いたのかは検証してみる意義は大きいと思う。しかし、僕がむしろ知りたかったのは、貸付中止を決定した後の世銀は、問題案件とどのように関わってきたのかという点にあり、それについては殆ど言及されておらず、肩すかしを喰らったような気分も正直味わっている。

だからといって本書の価値が低いと言うつもりはない。著者が提示するのは「アドボカシーNGOs外部影響仮説」というもので、アドボカシーNGOsが世銀外部から世銀意思決定過程に影響を与えることを説明する。
NGOsは、世銀意思決定過程に公式に参加できる資格はない。国際機関である世銀は、各加盟国を構成員としており、そのなかでアドボカシーNGOsは、設立協定などの国際法から見て厳密にいえば、世銀にとってはどこの政府も代表していない。しかしながら、アドボカシーNGOsは、問題のある世銀プロジェクトがなかなか中止されない場合等のとき、そのプロジェクトを中止させようとして、世銀意思決定過程に影響力を及ぼすことができる(中略)。アドボカシーNGOsは、世銀外部から理事会、総裁、事務局のすべてのアクターに対して働きかけを行い、その結果、各アクターがNGOsの働きかけ(主張)に反応したと思われる。(p.175)
その上で、著者はこの仮説が成立するには、問題プロジェクトの中止に関しては、①アドボカシーNGOsが一致協力してプロジェクトを問題化すること、②当該プロジェクトの世銀ガイドライン違反とその事実の表面化、③先進国議会、特に米国議会が問題に関心を示すこと、といった条件が必要で、さらにこのプロジェクトを完全中止に持ち込むには、④世銀内部における有力理事ら(米日独理事など)のアドボカシーNGOsへの同調、⑤独立調査団の派遣、⑥理事会における評決が行われること等が必要になってくるという。

これらの点については異論はないのだが、ナルマダ・ダム問題について、僕としては上記①にあるようなアドボカシーNGOsの一致協力が何故可能となったのかに関心があるわけで、その点については物足りない内容である。即ち、インド国内での反対運動が何故国際的なアドボカシーNGOsの運動と繋がることができたのかという点だ。確かに、このネットワークは世銀貸付を中止に追い込むことには成功したかもしれない。しかし、世銀がナルマダ・ダムから手を引いた後も、インド政府は自力でプロジェクトの完成を目指している。世銀貸付に頼らず、独力で資金調達を行なって…。問題となったサルダル・サロバイ・ダムだけではなく、ナルマダ河流域に建設予定のダムについてはどれも住民との間で何らかのトラブルを今でも抱えており、NBAのようなインドのアドボカシーNGOは現在も活動中で頻繁に新聞紙上で取り上げられている。そもそも世銀貸付を完全中止に追い込んだアドボカシーNGOsの目的は何だったのだろうか?単に問題案件への貸付を世銀に行なわせないようにするだけだったのか?本書を読む限り、そうとしか考えられない。そうでなかったとしたら、そもそもこの問題案件の継続実施について、国際社会はどのような行動を取ったのかがさらに明らかにされなければならないと思う。

ナルマダダム・プロジェクトへの貸付中止の後、世銀の独立評価パネルの調査結果に基づいて貸付が中止された案件にネパールのアルンⅢダム・プロジェクトがある。僕は世銀が貸付中止を決定した時期にたまたまネパールにいたのでアルンⅢのその後も見たが、結局世銀からの借入が難しいとなると、行なわれるのは独力で資金調達を図ること、とりわけ民間事業者を入れてBOTを組んだりする可能性を探ることだった。これではそもそもプロジェクトの問題点だったところは解決もなされずにプロジェクトは実行されてしまう。貸付が行なわれない場合よりも事態が深刻化することだって考えられる。

「ナルマダ・ダム・プロジェクトは、世銀にとって、すでに過去の事例となりつつある」(p.183)というのを聞くと、なんとなく虚しさを感じるし、それでいいのかという気もしてしまう。
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冬嫌い

ラオスの水力発電所の建設案件でやはり世銀が関与したプロジェクトをみてきましたが、インフラ事業の場合、EIAを実施するにしても事業を実施をある程度前提に考えるデベロッパーと環境を前面に出し反対しようとするNGOがもともと出発点も違うように感じました。
世銀の融資や西側のドナー資金がダメなら、PPPのスキーム使ったり、中国の資金を使ったり、資金調達方法が多様化しているので、NGOが従来のやり方で国際機関に圧力をかけても効果は前ほど上がらないようにも思えます。特に、原油価格上昇したことで事業の経済性が改善され、水力発電所がBOT方式などで建設しやすくなっています。
世銀のローンプロジェクトをみると、いろんな小さいコンポーネントを組み合わているので、私も外部者でしたが、外から見ると全体像がわかりにくかったです。かつTAもいろいろ手を変え品を変え、ADBなんとか歩調合せたり、ADBの何とかファンドを使ったり、ラオスではみたのは結構手が込んでいました。
プロジェクトを実施する当該国もEIAは法律で規定していますが、不法占拠者の権利なんかも実はなかったり、あってもほとんど希薄だったり、ということも国によってはあります。
by 冬嫌い (2010-08-17 00:41) 

Sanchai

☆冬嫌いさん☆
コメントありがとうございます。事業実施国側の資金調達方法が多様化すると、事業の影響を受ける地域住民の声が反映されにくくなるのではないかとの貴重なご指摘ありがとうございました。自分でこの仮説検証はいずれやってみたいとも思います。
by Sanchai (2010-08-17 09:40) 

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