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「A」はアラーの砒素汚染(A for Arsenic in Ara) [インド心残り]

砒素の陰、ゴーストタウンを覆う
Arsenic shadow looms large over ghost town
4月28日、The Hindu、Shoumojit Banerjee通信員
【アラー(ボジプール県)】 カメラの恐怖がブラーミンが大勢を占めるボジプール県シマリア・オージャパティ(Simaria-Ojhapatti)村を覆い尽くしている。ここはビハール州の砒素汚染飲料水問題の中心地だ。
 「オージャパティ」(オージャ・カーストの集中地帯)は、一見するとゴーストタウンのように見える。しかし、実際には行政の無関心、人々の迷信、市民の間で陰謀等によって、10,000人以上いた住民の1/3がボジプール県内の別の地域に退去させられた結果なのだ。砒素がもたらす災禍はこの村を広く覆っている。チャパカール(chapakaal、手押し式ポンプ井戸)の水は汚染されているから離れるよう住民に警告する壁画メッセージが、血の色にも似た赤色で村の至るところに描かれていることからも明らかだ。
 ここでは悪名高い「A」で始まる言葉(砒素(arsenic)のこと)がローカルテレビ局の視聴率を高騰させるのに大いに貢献している。それに加えて、不謹慎な建設業者やごくありふれたそのへんのNGO、地元政治家がにわか転身したソーシャルワーカー等の財布を潤している。
 「うちの家族では誰も砒素の影響は受けていません。すべていつも通りです。ですからどうかお引き取り下さい」――実名を拒否したオージャパティ村のある女性はこのように述べる。彼女は慌てて娘を家の中に呼び入れ、すばやくドアを閉めた。角化症(Keratosis)が皮膚上に表れ、それが拡がっていくことが砒素に汚染された水を飲み続けた人特有の症状である。それがこの2人の女性の手には表れている。
 「この村がテレビ報道で度々取り上げられてから、ここの世帯では娘を嫁に出すのにもトラブルが起きるようになってきています。他の土地の人から見ると、こうした女の子たちは砒素に汚染された水を飲んでひどい病気に冒されていると見られてしまっています」――シマリア村に住むララン・オージャさんはこう述べる。「こういう人々は、こうした汚染が子々孫々にまで災いをもたらすと信じています。村人は自分達の水に病原体が存在すると信じ込むのに慣れ切ってしまっています。」
 2002年、ボジプールは飲料水から高濃度の砒素が検出されたビハール州で最初の県になってしまった。それ以降、地元メディアでは砒素汚染が度々取り上げられるようになった。2009年までに、ビハール州内の16県57ブロックの飲料水で砒素汚染が見つかっている。ボジプール県パンディ・トーラ(Pandey Tola)では最高1,861ppbの砒素が検出された。(WHOが定める安全な飲料水の基準では、砒素濃度は10ppbである。)
 それでは州政府はその何千万ルピーもの予算を持つ支援スキームを動員して砒素汚染の除去する作業をやっていないのだろうか。
 「制度は確かにあります。しかし、その殆どは紙の上でのものに過ぎません」――A.N.Collegeの水管理科の科学者であるアショック・クマール・ゴーシュ博士はこう指摘する。博士は同州の砒素汚染水について多くの研究を行なってきている。
 シマリアの給水塔は、RJDが州政権与党だった頃に公衆衛生工学局(PHED)によって建設されたものだが、その後5年間機能していない。ボジプールで飲料水から砒素を除去するために政府が設置するとされていた5億3,000万ルピーの浄水施設の計画も宙に浮いている。このブロックでは各戸への給水も定期的には行なわれていない。シャハプール(Shahpur)ブロックのタンクが断続的にしか運転していないからだが、これは不安定な電力供給による。
 「その他の選択肢としては、250フィート以上の深井戸を掘ることが考えられます」とゴーシュ博士は言う。「しかし、ガンジス河流域に近いエリアでは25フィート以上でも地下水は利用可能なので、掘削業者が掘るこれらの井戸では、40~50フィート以上の深さであることは殆どありません。掘削業者は不正請求でお金を稼ごうとする傾向があります。ここは砒素汚染の蔓延が最も深刻な地域なのです。」
 ゴーシュ博士のような科学者は、責任あるメディア報道に支えられた適切なコミュニケーションが砒素汚染の社会的影響を回避するのに役立つと強く信じている。
*この記事の全文は下記URLからダウンロードできます。
 http://www.thehindu.com/2010/04/28/stories/2010042860770500.htm
複雑な思いがする記事である。僕は、目的は違ったがビハール州ボジプール県には1年前には訪問したことがある。そして、そこでボジプールの地下水砒素汚染問題を初めて現地の人から聞いた。調査チームが調べに来て、地下水の砒素濃度が非常に高いことがわかったのだという。調査チームで来たどこかの先生は、調べた後別に何もしてくれていない。

―――実は、このボジプールの地下水砒素濃度調査を行なったのは、ジャダヴプール大学の我が敬愛するチャクラボルティ教授のチームである。11月にご本人を訪ねてコルカタの大学を訪問した際、直接ご本人の口から聞かされた。

「調査して実態を詳らかにするのが本当に住民のためにいいことなのか?」――よほど僕の口から出かかった言葉だ。教授は教授で、何も知らずに砒素に汚染された地下水を飲み続けて角化症等の砒素中毒症状を悪化させている住民の健康を慮ってのことであろうというのは重々理解している。調査チームが現地に入り、井戸を1本1本調査し、基準値以下なら緑、基準値を超えたら赤のペンキで井戸にマーキングをしていく、そして砒素の含まれた水を飲むとどのような健康被害が起きるか住民啓発を行なうのが「チーム・チャクラボルティ」のパッケージらしい。一種のショック療法で、方法論自体は一見正しい。しかし、「チーム・チャクラボルティ」が2002年にボジプールで行なった活動の結果が上で挙げた記事のように地元に深刻な影響を与えているとしたら、方法論としてこれだけでは足りないのではないかとも思う。

どのような方法論だったらいいのか――チャクラボルティ教授は、「バングラデシュのアジア砒素ネットワーク(AAN)から学べ」と言った。「チーム・チャクラボルティ」のパッケージの限界をきっと自身でも承知しておられるのだろう。広く浅く実態調査の網をかけていくのがチャクラボルティ教授のやり方だが、AANの場合は逆に狭く深く、住民と長期間向き合い、徐々に住民の意識、行政の意識を変えていこうとするものである。そして、AANと同様のアプローチが試みられている地域がインドにもある。宮崎大学がAANの協力を得てウッタルプラデシュ州バライチ県で活動を行なっている。

このところ、インドを去るに当たっての心残りについて語る記事が続いている。砒素問題についても、何ら具体的な行動が取れなかったのが残念でならない。

第1に、僕が地下水砒素汚染問題と向き合うのは今回が二度目だったということ。以前、東京の別の部署にいた頃、バングラデシュの地下水砒素汚染問題と一時期重点的に関わったことがある。ところが、その後の人事異動でバングラデシュとは縁もゆかりもない部署に移ったために、それまで折角築き上げてきた人脈と、この問題に関する知識を、いったん棚上げにせざるを得なくなった。今回約7年ぶりにここインドで砒素問題と関わることになり、そこで昔の人脈と知識が最初から生きたというメリットはある。しかも今回はそれにチャクラボルティ教授やDevelopment AlternativesやWater Aidといった現地NGOまで加わった。どこの部署に異動するのか未だわからないが、折角グレードアップした人脈と知識をすぐに生かせるような部署でもなさそうなのが残念だ。

宮崎大学やAANの関係者の方々とは面識もある。中にはバングラデシュと関わっていた頃からお目にかかっていた方々もいらっしゃる。インドで再会して喜んでいただいた一方で、離任の話を持ち出した途端に「またかよ」と落胆もされた。しかも今回は、チャクラボルティ教授に「行って話を聞いて来い」と言われていたAANのアプローチに近い方法論でプロジェクトを展開されている宮崎大学の事業地(ウッタルプラデシュ州バライチ)も見学させてもらっていない。4、5月になんとか時間を作れないかと悪あがきを試みたのだが、事業地側の都合とも合わず、結局砒素汚染の現場、「砒素問題は貧困問題」だと実感できる場所をこの目で見ることもできずにインドを去ることがとうとう確定してしまった。

第2に、上で紹介した記事にもあったビハール州ボジプールの地下水砒素汚染問題について、知っていながら何もすることができなかったこと。繰り返しになるが僕はボジプール県のアラーというところを訪れたことがある。40年以上前の日本の国際協力の現場がそこにあったからで、その頃に農業指導で来られた日本の若手農家・農業専門家の中には、還暦を遥かに過ぎた今でもご健在の方がいらっしゃる筈だ。歴史的に日本との繋がりがあった土地で、その農業協力のお陰で、今やボジプールはビハール州随一の米どころとなっている。そんな土地での砒素問題を聞き、実際現地で会った方々にも「日本の協力は得られないのか」と懇願された。何かできないものかと僕自身も思ったけれど、結局具体化させる前に異動することになってしまった。

サラリーマンとはそういうものだと言われる方も多いし、僕自身もそう自分に言い聞かせたい。でも、異国でできた人脈や知識を断ち切り、何らかの問題を抱えて苦しむ地域の住民の人々の期待に何ら応えることもできずに離任をする無念は、当事者でないとなかなか理解してもえないと思う。しかも、帰国してしまえば東京は宮崎からも遠く、途上国の地下水砒素汚染問題と日本国内で関わって行くことは、たとえそれがボランティア的な仕事であっても難しい。一兵卒でもいいから関わりたい、そう思っていたとしても具体的に何ができるのかアイデアがさっぱり浮かんで来ないのだ。

この問題について、帰国後の僕でもできることが何か、具体的なアイデアがなかなか湧かない中、1つだけできることは、砒素問題に関するインドの報道を翻訳し、このブログで引き続き紹介していくことだ。それはやりたい。

ついでに言うと、ビハール州ボジプール県の地下水砒素汚染については、こんな記事もあった。4月1日付Hindustan Times紙で紹介されたもので、「砒素が新生児の弱視に影響(Arsenic blinds Bhojpur's babies)」という記事だ。面倒なので記事全文は紹介しないが、こんな書き方をしたらボジプールは怖いところだという世論を煽ってしまうだろうなと思う。メディアの報道はそれはそれとしていいとしても、問題はこうした報道が行政や地元住民をどのように動かすかだろう。
http://southasia.oneworld.net/todaysheadlines/arsenic-contagion-causing-blindness-in-newborns
http://www.hindustantimes.com/Arsenic-blinds-Bhojpur-s-babies/H1-Article1-525634.aspx
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toshi

コメントありがとうございました。
by toshi (2010-05-02 17:06) 

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