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農村発明家の支援プログラム [インド]

Hindustan Timesは、さすが大衆向けの全国紙ということもあり、あまり読み慣れていない読者に対する配慮が行き届いているところがある。続報が次々と流れて来るような報道の波にさらされていると、読者は論点をすぐ理解することが難しい。このため、同紙では毎日「Big Picture」という特集記事欄を設け、そこで今日までに至る特定課題に関する論点の整理を行なうようにしている。この特集記事は、独自取材によるデータの量もなかなか豊富で、我々インドに関する知見の乏しい外国人読者にも非常に理解しやすい構成となっている。「サルでもわかる~」のインド全国紙バージョンだ。

さて、映画『3 Idiots』を見て以来、農村に住むインド人の創意工夫と問題解決能力のポテンシャルに魅かれている僕であるが、1月14日(月)付の「Big Picture」に、初めて農村発明家の支援に関する記事が掲載された。記事は2つあるが、1つは特定の機器の紹介だったので、今回はもう1つの「トーマス・クマール・エジソン(Thomas Kumar Edision)」(Kamayani Singh記者)の方を紹介したいと思う。米国の発明家エジソンをもじって、ミドルネームにインドでよく見かける苗字「クマール」を挿入している。

*記事全文は下記URLからダウンロード可能です。
http://www.hindustantimes.com/News-Feed/newdelhi/Thomas-Kumar-Edison/Article1-497180.aspx

記事を要約していくと、だいたい以下のことが描かれている。

1)マハラシュトラ州ジャルガオンで車両塗装業を営むシーク・ジェハンギールさん(50歳)は小学校1年生でドロップアウトし、読み書きができない。職業訓練など受けたこともなく、家族を支えるために11歳の時から働き始めている。3Idiots2.jpgしかし彼は自分の名前で既に特許を1つ持っており、2つ目の特許を申請したところである。彼が発明したのはスクーター動力による製粉機(右写真参照)で、これは映画『3 Idiots』でも紹介されている。彼がこの装置を考案したのは、あまりに長時間にわたる停電のために小麦を製粉できないという問題に妻が直面していたからである。そこで、スクラップ工場から製粉機を買ってきて、スクーターに据え付け、ガソリン1kgで製粉作業を4時間行なうことができるようにした。

2)気候変動や技術・資源への不平等なアクセスといった問題に世界が直面している今日、一見解決が難しい問題に対してシンプルで実行可能性が高く解決法を見出していくという「ジュガード(jugaad)」の文化を持つインドは、世界が直面する問題に対しても革新的なソリューションを提供できる可能性を秘めている。しかし、こうした農村発明家を資金支援する体制は弱く、企業家精神への注目も少なく、技術革新を考えている人々を支援するネットワークも限られ、そして起業には官僚主義のハードルも立ちはだかり、インドがその潜在能力を発揮するのを難しくしている。タタグループは「ナノ」や「スワチ」といった新商品を発表しているし、他の企業の中にもそうした試験的試みに挑戦しているところはある。しかし、ジェハンギールさんのような地域で生まれた発明の事例は皆無に近い。

3)National Innovation Foundation(NIF)のヴィピン・クマール氏によれば、NIFに登録されているアイデアは15万件に上るという。しかし、こうして登録されている技術は最も粗雑なものであり、それを商品化して普及のスケールアップを図ることが大きな課題となっている。ジェハンギールさんのスクーター動力製粉機も、映画では紹介されたものの、これをスケールアップするには実用化に向けたさらなる研究が必要だ。そのためにはお金がかかる。

4)起業のための資金調達が難しいことが発明家にとっての大きな障害となっている。起業には2種類の投資家が必要だ。初期資本を提供してくれる「エンジェル投資家」、そして規模拡大を図る際に資本提供してくれる「ベンチャー投資家」である。インドは両方が欠けている。米国シリコンバレーでの起業の6件に1件はインド人が関わっていると言われるが、そうした情熱はインドでは感じられない。調査研究とコンサルティングを専門とするナレッジフェーバー(Knowkedgefaber)社によれば、米国の起業支援業界はインドの30倍の規模を誇る。米国では2008年に起業支援に投入された資金総額が1兆3,800億ルピー相当に及ぶが、同じ年にインドで投入された資金総額は440億ルピーに過ぎない。エンジェル投資家の数は、米国が約20万人いるのに対し、インドは僅か275人である。

5)イノベーションと企業家精神を醸成する環境もインドにはない。新たに生まれて来る企業家の殆どが元々実業界で名をはせた一族の出身である。多くの起業の場合、相談役(メンター)の不在も大きな問題となる。2006年に再生可能な印刷インクとペンキを開発したエンナチューラ社(EnNatura)社の場合、起業者がインド工科大学(IIT)デリー校の卒業生で、母校からの支援を得られたのが大きかったという。しかし、こうしたケースは稀で、インドには十分なビジネス・インキュベーション制度がなく、あってもそれは上位の工科大学や経営大学でしか得られない。

6)中小企業を支援するイノベーション・センターがインドには少ないという問題点も指摘されている。ドイツには国内に500ものイノベーション・センターがあるが、インドはその10分の1にも満たない。米国には1000以上のビジネス・インキュベーターがあり、韓国には300、フィンランドには100あるが、インドは50ヵ所にも満たない。

7)さらには官僚主義の障害と腐敗が若い起業家のやる気を削ぐ。インドの起業家は企業登記する際に困難に直面する。インド政府は起業促進するために許認可手続きの窓口を一本化する必要がある。フランス政府は最近、起業家が企業設立登記手続きをオンライン上で僅か10分で終了できるという許認可窓口一本化政策を実行に移した。これによりフランスの起業件数は急増し、2009年だけで30万件以上の起業が行なわれたという。
◆起業登記するのに必要な日数は、米国で6日だが、インドでは30日を要する。
◆183ヵ国を対象とした起業容易度ランキングで、インドは169位に過ぎない。

8)欧米の消費者は、景気後退から徐々に経済が回復する過程で、低コストながら高い価値を持つ製品により目を向けるようになっていくと見られる。そうした中で、インドのイノベーションへの注目はますます高まって行くだろう。
◆130ヵ国を対象としたグローバル・イノベーション指数(Global Innovation Index)でインドは2009年には41位だった。

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ウィキペディアを見るとグローバル・イノベーション指数でインドは46位であるなど、比較に持ち出してきている数値の信憑性にはちょっと首を傾げるところもあるが、村の小さなイノベーションが生まれる環境はあっても、それを実用化してスケールアップを図るのに必要な制度インフラが乏しいという現状がインドにはあるという点、ご理解いただけたであろうか。
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