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職業訓練で未来を拓く [インド]

インドでは人口の約7割が農村部に住む。過剰な農村人口が都市部での雇用機会を得て農村から都市に移動して行くか、或いは農村部で農業以外の所得獲得機会を作れないと、均等相続が一般的なインドでは農地がどんどん分割されて小口化していき、農業生産性の向上を妨げることになりかねない。インドのこれまでの高い経済成長はITや金融といったサービス業が牽引してきたものだが、以前にも述べた通りこうした産業での雇用吸収力は弱く、成長したからといって雇用拡大に必ずしも繋がっていないと指摘されている。

一部でホワイトカラー労働者の賃金が年率で15%近くも上がっているのに、それ以外の人々の賃金上昇率は10%を遥かに下回っている。両者の間にものすごく大きな壁が立ちはだかっているのではないかと感じることがよくある。大都市では中所得者層人口がどんどん増え、彼らの金の使い方は結構派手だと思うが、その一方で何十年も変わらない生活が農村では見られる。このギャップは何なんだろうかと当惑することが度々ある。

日本でインドの潜在能力が語られる時、決まって引用されるのが「人口ボーナス」である。インドの人口構成はまだ若く、そうした若年層が労働市場に入ってくる10年後ぐらいから、人口構成が経済成長を底上げする。だからインドの経済成長は今後も持続的に進む、インドの未来は明るいという主張だ。しかし、こうした考え方には落とし穴もある。「潜在能力」は「潜在能力」であって、顕在化して初めて成長に繋がる。若年人口も、成長して、ちゃんと雇用機会を得られなければ、人口ボーナスを享受するのには至らないのだ。

こうした問題意識は政府も持っている。しかし、政府だけの努力では足りない。また、インドの企業が事業拡大を図るのにボトルネックになりかねないのが人材の確保であるため、企業にもそうした問題意識がある。そこに新たに加わってきたアクターが大手のNGOである。週刊誌『India Today』の2009年12月28日号に「農村インドが「ハロー」と言う(Bharat says HELLO)」という記事が掲載された。まさにこの記事は、インドの企業セクターが政府、NGOとの協働で、農村の若者に職業訓練の機会を提供し、都市部での就職機会に繋げようとする様々な試みが紹介されていて、興味深い。URLは下記の通りだ。
http://indiatoday.intoday.in/site/Story/75437/Economy/Bharat+says+hello.html

記事の中で出て来る幾つかの取組み事例を紹介しよう。

1)プラタム(NGO)
インドでは大手のNGOの1つであるプラタム(Pratham)は、タタ系列のタージ・ホテルグループとの協働で、ホテル業界での就職のための職業訓練プログラムを実施。これを修了した受講者は、タージグループのホテルで従業員として働く機会を得た者もいる。このプログラムは「PACE」と呼ばれ、18-30歳の経済社会的に不利な状況にある若者向けにマハラシュトラ州で実施されているものである。訓練所は7ヵ所あり、タージ以外にも、ゴドレジ(Godrej)、アグロヴェト(Agrovet)、ラーセン&トウブロ(Larsen & Toubro)、ドイツ銀行(Deutsche Bank)等の企業と提携し、銀行、農業、ホテル、建設等の職種についての訓練を実施している。

2)GRASアカデミー(職業訓練学校)
GRASアカデミー(GRAS Academy)は、中央政府や州政府との協働で、全国20ヵ所の訓練所で400の職業訓練コースを実施している。

3)CAP財団(NGO)
ハイデラバードに拠点を置くCAP財団(CAP Foundation)は、14州の63の都市に105の訓練所を持ち、18‐30歳の若者を対象に、コンピューターや英会話といった基礎的技能から、職種特殊的な研修まで様々なコースを実施している。中には、ファッションやヘルスケア、IT関連、小売、自動車販売といった職種に応じた研修も行なわれている。

4)ヴェダンタ財団(NGO)
ヴェダンタ財団(Vedanta Foundation)は、14州の200ヵ所に「Vedanta Shiksha(ヴェダンタの学び舎)」と呼ばれる訓練所を持ち、地域の若者に、コンピュータ基礎コース、コンピュータのオフィス環境への応用、DTP(デスクトップ編集)、財務会計等の研修を実施。修了者には修了証も発行している。

5)スマイル財団(NGO)
僕も知り合いが若干いるスマイル財団(Smile Foundation)は、「スマイル・ツインE-ラーニング・プログラム(STEP)」と呼ばれる英会話研修を持ち、企業と連携して企業ニーズに合った英語会話の研修機会を提供している。このカリキュラムはデリーの国際経営研究所(International Management Institute, IMI)が開発したもの。また、これとは別に、マイクロソフト社の「アンリミテッド・ポテンシャル(Unlimited Potential)プログラム」に基づき、コンピューター教育も実施している。こうしたプログラムは、小売業やホテル業、BPO(ビジネスプロセス・アウトソーシング)といったセクターへの就職機会を想定したものだ。スマイル財団はこうした職業訓練プログラムを、20州の38都市にある50の訓練所にて実施している。

ruralBPO.jpg現在、インドの20歳未満の人口は5億4700万人を数えるが、そのうち僅か11%しか実際には学校を卒業していない状況だと言う。2015年までには、インドの総人口の50%以上が年齢25歳前後に集中する時期が来る。こうした若い就労年齢人口の若者が実際に雇用機会を得られるかどうかは大きな課題だ。実際には雇用機会はある。少なく見積もっても、2010年にはBPO産業では230万人、正規の小売業では200万人分の新規雇用が創出されると見られている。旅行業とホテル業では毎年新たに10万人の雇用創出が期待されている。こうした産業ではちゃんとした技能を持ったマンパワーを必要としている。問題はこうした産業界の需要に対して、供給側の労働者の技能が必ずしもマッチしないことだ。

政府もそれを承知していて、技能を持たない農村や都市の若者に研修機会を提供するため、全国技能委員会(National Skills Commission、NSC)を設立し、企業やNGOと連携して職業訓練の拡充を図っている。


――以上が記事の主な内容であるが、これに少しだけ付け加えたいことがある。

ここで紹介した取組みは、殆どが都市部での雇用を想定しているが、必ずしもそれを想定していないものもある。例えば、農村部での非農業活動での収入創出機会を増やすための農村職業訓練のようなものだ。昨年9月に僕はカルナタカ州の農村に調査に出かけたが、そちらの農村で事業展開していたローカルNGO「マイラダ(MYRADA)」のバンガロールにある本部を訪ねた際、マイラダでもカルナタカ州内に農村職業訓練を目的とした訓練所を設立する構想があると聞いた。

また、都市部の雇用といっても、地方小都市だったり、都市郊外の工業団地のようなところでの雇用機会であってもよいといえるだろう。12月に訪問したマディアプラデシュ州インドール郊外の経済特区(SEZ)内に広大な敷地と工場を持つ繊維企業プラティーバ・シンテクス社は、縫製工場で働く従業員を周辺農村部から積極採用し、適切な研修機会を与えて早期戦力化を図っていた。教育は外部経済性が強く、民間企業には投資がしにくいと考えられてきた。折角資金を投入して人材育成しても、その人材が訓練を終えて他の企業に就職してしまったら投資が回収できない。でも、業種を絞り込んだ上での職業訓練のようなものや、人材育成プロセス自体を1企業内で内部化してしまえば、投資が回収できないというリスクは低いと考えられる。

以前、「人口ボーナス」に対する悲観的な見方として「雇用可能性(employability)」というような言葉を使って、雇用機会を実際に就業年齢人口が得られないと人口ボーナスは絵に描いた餅になってしまうといった論調があるとこのブログでも紹介したことがあるが、誰もが問題意識を持っている「雇用可能性」の問題について、実際に官民挙げて取り組んでいるという姿、とりわけ企業とNGOが大挙して職業訓練に関わろういう取組みが目立つのは、1つの大きなトレンドなのかなと思う。
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montblanc

インドの雇用情勢の一面を知りました。
知人がインドに技術者を探しに出張に行くといっていました。
労働力の流出も気にかかるところです。
by montblanc (2010-01-13 22:15) 

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