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グッドプラクティスにも死角あり [インド]

Akash Acharya & Paul McNamee
“Assessing Gujarat’s ‘Chiranjeevi’ Scheme”
Economic & Political Weekly, November 28, 2009
Vol. XLIV No. 48, pp.13-15

ブログの公開予約機能を使って、書き貯めていた記事を毎日掲載していたのでお気づきにならない方もいらっしゃったのではないかと思いますが、実は5日(土)から9日(水)まで、ハイデラバード(アンドラ・プラデシュ州)、インドール(マディア・プラデシュ州)、ムンバイ(マハラシュトラ州)とまわる旅をしておりました。

4泊5日という長めの調査旅行に出ていた間、僕は時間を見つけては文献を読むよう心がけてみた。なんと言おうと言い訳になってしまうが、このところ時間に追われて仕事をしており、農村調査に出るのも必ずしも自分の研究領域ではない目的によるものが多い。従って研究の方が全然進んでいない。それでも今回この論文を読む時間を作ったのは、保健、特に母子保健をテーマにした論文は、自分の仕事とは少しオーバーラップするところが出てきたからである。(だから、研究には直結しないのであります。)

グジャラート州に「チランジーヴィ・スキーム(Chiranjeevi Yojana)」と呼ばれる妊産婦医療スキームがあるという話はこの夏にひょんなことから耳にした。グジャラート州では遠隔地や少数民族居住地域で複雑妊娠から毎年5000人以上の女性が命を落としているが、公共医療施設における質の高い婦人科医の不足が深刻な状況にある。そこで同州はチランジーヴィ・スキームという新たな制度を立案し、貧困ライン以下の生活状態にある女性が登録私立診療所に費用政府負担で通えるようにした。

グジャラート州は経済成長率や産業投資、1人当たり州民所得等ではインドでもトップクラスの経済パフォーマンスを誇る州である。しかし、人間開発関連の指標となると、教育でも健康状態でも男女間の平等でも、同州のパフォーマンスは決して良くない。女性の地位や妊婦向け医療施設の質を見る上で代表的な指標として乳幼児死亡率を見ると、1,000人中54人という数値はマハラシュトラ州やウッタルカンド州、ジャルカンド州、西ベンガル州等よりも高い。しかも、栄養状況の良くない児童の比率は1998-99年の47%から2005-06年には47%に悪化している。妊産婦死亡率は出産10万件につき389件発生している。

「チランジーヴィ」とは「長生き(long life)」という意味で、貧困層に属する妊婦が分娩のために私立の診療所に通うことを可能にする官民連携(PPP)のモデルである。また、受給資格を持つ女性であれば交通費としてRs.200、付添人にもRs.50が支給される。こうした費用を州政府が負担することによって、貧困層の女性が質の高い医療施設にアクセスするのに障害となる金銭的問題を克服しようとしているものだ。

同スキームに登録した私立診療所は、分娩100件につきRs.179,500を受け取る。帝王切開や複雑分娩が含まれていてもこの金額は変わらない。診療所はスキーム加入の際にRs.15,000を前金として州政府から受け取る。このスキームは2005年12月に州内貧困県5県でパイロット的に試行され、2007年1月から全州に適用された。ウォールストリート・ジャーナル紙のアジア・イノベーション賞を受賞した。妊産婦死亡率は約1/13に、新生児死亡率は導入前の1/14程度にまで低下したと言われる。この成功を他州にも拡げるために、何が成功要因と見られるのか経験分析を行うのが目下の大きな課題だ。

そこで著者達は、同州スーラト市周辺地域を対象にその実態を確認する調査を行なった。

先ずチランジーヴィ・スキームに参加する私立診療所の実態を調べた。それによると、市内に200人以上いる産婦人科医のうち、わずか56人だけがスキームに参加しているに過ぎないことがわかった。しかも、登録産婦人科医の殆どはスーラト市内、残りはスーラトから25kmほど離れたバルドリ市内におり、僻地の私立診療所が必ずしもスキームに参加しているわけではないことが明らかになった。しかも、多くの診療所ではRs.15,000の前金を受け取った後、出産分娩に積極関与しなかったこともわかってきた。登録産婦人科医の殆どがあまりこのスキームの下では積極的に活動していなかったのである。

また、診療所の中には、安全なケースだけを取扱い、複雑なケースは公立病院を紹介するような対応をしていることも明らかになった。安全ではない分娩は費用もかかるため、一律計算されているチランジーヴィ・スキームの費用支弁が魅力的には映らなかったのだと考えられている。また、帝王切開のケースは全体の7%程度と政府は見積もっているが、実際には30%以上あり、州政府からの助成金の金額自体が魅力的ではなかった可能性もある。

スーラトは総人口の21%程度が他からの流入であると見られている人口移動が激しい地域である。こうして流入してきた人口はスラム居住区に先ずは居を構えるが、自分が貧困ライン以下の生活を強いられていることを証明するBPLカードを持っていない。スキームに参加している診療所が市内でも比較的所得水準が高い住民が多い居住区にあるため、たとえスキームが無料であってもわざわざ出かけて行って何らかの嫌がらせに遭う可能性を考えるとなかなかスキームを利用しようとは思わないのだ

こうしたことが起きているとすると、スキームで言われている「成功」というものが、そもそも成功する可能性が高い安全な分娩ばかりを私立診療所が扱ってきた結果であるとも考えられる。一般的には成功事例と見られているチランジーヴィ・スキームもよくよく見ていくと成功しそうなところでは成功しているが、失敗するリスクが高い地域では成功を納めていない可能性があるということだ。

要するに、僻地や少数民族の居住地域ではそもそも産婦人科医が少ないという、保健セクターでの人的資源が絶対的に不足していることが健康関連のミレニアム開発目標(MDGs)を達成するのに重大な障害となるということである。

いずれにしても、こうしたスーラト市とその周辺を対象とした調査だけではわからないこともあり、全州的を対象として実態を把握するための詳細な調査が必要であると本稿は結んでいる。
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