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2つのインド(その3) [インド]

Asish Bose,
"Beyond Population Projections: Growing North-South Disparity"
Economic and Political Weekly, April 14, 2007, pp.1327-1329

前回に引き続きデリー大学経済成長研究所(Institute of Economic Growth)の先生に登場いただく。今回は、アシッシュ・ボセ名誉教授が学術週刊誌EPWに寄稿したコメンタリーである。

このコメンタリーのきっかけは、2006年12月にインド政府の人口センサス委員長(Registrar General and Census Commissioner)が行なった2001‐2026年の将来人口推計の改定である。この改定では、総人口が2026年には14億人になることや、1000人当たり出生率が23.2から16に低下すること、死亡率は7.5から7.2への僅かの低下にとどまること、幼児死亡率は1000人当たり63(2002年)から40(2025年)に改善するが依然として高いこと、総人口に占める15歳未満の年少人口は35.4%から23.4%に低下すること、インドの20~29歳人口は1.74億人(2001年)から2.38億人(2016年)に急増することなどが指摘されている。これを以て、ボセ教授は、15年間という短い期間に6400万人も増えて労働市場に参入してくる若者に雇用機会を提供するのは至難の業であり、「人口ボーナス(Demographic Dividend)」どころか「人口の足枷(Demographic Burden)」になってしまう可能性があると強調している。

ただこのコメンタリーの趣旨はこのインド全体を見ての「人口の足枷」の指摘だけではない。それが政治や社会の安定に大きな脅威となってくる可能性を示唆している。

第1に就労年齢人口(15-59歳)の急増。若者に雇用機会が少ないということ。

第2に、人口の男女比、男性1000人当たりの女性人口がインド全体でも933人(2001年)から930人(2026年)と変わらず、相変わらず女性が少ない人口構造となる。法律(Pre-Conception Pre-Natal Diagnostic Techniques Act(PCPNDT)法)で禁止されている産み分けは、今はハリヤナやパンジャブあたりの問題に過ぎないが、いずれ技術の普及によりインド全体に広がる可能性がある。そうなると何百万人もの若い男性が結婚相手もおらず、仕事もないという状況に追いやられる。

第3に急速な都市化。都市人口の総人口に占める割合は2001年は28%だが、2026年には33%に増加する。

そして第4に本稿の中心テーマ、人口増の地域間でのばらつきである。今回の改定では、2001‐2026年の期間に総人口が3.71億人増加すると予測しているが、そのうち1.87億人はBIMARU(ビマル)と呼ばれる北部7州―ビハール、チャッティスガル、ジャルカンド、マディアプラデシュ、ラジャスタン、ウッタルプラデシュ、ウッタルカンド州で増加するという。中でもとりわけ問題なのはウッタルプラデシュ州だという。BIMARU州のこの期間の人口は44%増、同期間の南部4州の人口増は21%に留まる。そうなると、これらの地域の人口が総人口に占める割合も、BIMARU州では41.1%から43.5%に増え、南部州は逆に21.7%から19.3%にシェアを落とす。

例えば、今の下院の州別の議席数は1971年の人口センサスに基づいたもので、2000年の国家人口政策(National Population Policy)でも、2026年までこれが固定されることは述べられている。しかし、2026年以降はどうかというと、ウッタルプラデシュ州への議席配分は圧倒的に増えることになるだろう。

また、合計特殊出生率(TFR)も、南部4州では2005年までに人口置換水準(2.1)に到達して2025年までに1.8まで低下すると見られているが、BIMARU州、特にウッタルプラデシュ州は2027年にならないと2.1を達成できない。

こうして南北間の格差拡大を指摘してきた教授のコメンタリーも、最後はまた南北共通の課題に話が移る。それは保健医療に絡むものだ。BIMARU州だけではなく、南部でもアンドラプラデシュ、カルナタカ、タミルナドゥの3州では、農村部の幼児死亡率が依然として高い。2005年に策定された「全国農村保健計画(National Rural Health Mission、NRHM)」によれば、2012年までに幼児死亡率を2005年水準から50%改善させることが目標となっているが、今の調子ではこれは達成困難らしい。

BIMARU州の中では、施設分娩比率はチャッティスガルの僅か7.5%からラジャスタンの34.6%までばらつきがある。南部のカルナタカは56.7%、ケララに至っては99.3%が施設分娩である。また、農村女性の健康状態を見る上で最も深刻な指標は15‐49歳の出産可能年齢の結婚女性の貧血症発症比率だろう。この比率はインド全国共通して高い。ジャルカンドで73.7%、ビハールで68.2%、マディアプラデシュで61%、アンドラプラデシュで63.7%である。

教授はこうしたデータを指摘し、保健医療の問題が政党の重要な政策アジェンダとなっていないことを嘆く。単なるレトリックに終始していて、草の根レベルでの健康改善には中央も州もちゃんと取り組んでいないという。外国の援助機関もエイズでインドを恐怖に陥れているが、重要なのはむしろ農村での健康全般であると教授は強調する。
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