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アラム教授との面談に向けて4 [インド]

さすがに論文3編について各々レポートをしていると結構大変で、4つ目になるとかなりの息切れ状態になる。

4.Institute of Economic Growth, Discussion Paper Series No. 121/2007
"Is Caring for Elders an Act of Altruism?: Some Evidence from a Household Survey in Delhi"

レポート第3号でご紹介した論文はインドの人口高齢化の問題は農村部でより深刻であるという立場で書かれていた。州間比較のために著者が引用していた統計資料には、各州における都市と農村の比較というのはあった。だから、マハラシュトラ州の統計を見れば都市というのはムンバイとプネだろうとか、カルナタカ州の統計を見れば都市はバンガロールやマイソールだろうというのは想像ができる。しかし、そもそものリストにデリー準州やゴアが含まれていないため、これらの都市部における高齢化についてはあまり顧みる機会がこれまでなかったように思う。

ただ、この論文に関して言うと、今まで紹介してきたものとは少し位置付けが異なるようにも思う。タイトル「高齢者の介護は利他主義に基づく行為なのか?」が示す通り、この論文は、現役引退した高齢者世代のケアの負担を負う現役世代、特に若年層がそれを行なう動機は何なのかを探ろうとしているものである。経済的に豊かになるにつれて家族の価値はどんどん低下していく傾向はインドでも見られる。特に大都市に住む中間層の間では核家族化が急速に進んでいるため、この傾向は特に強い。この論文の仮説は、そんな大都市においても高齢者の介護が行なわれる動機として、ギブ・アンド・テイク(介護行為に対して何らかの見返りを期待する)よりも見返りを期待しない純粋な利他主義的考え方に基づくものの方が大きいというものである。

著者は本稿執筆にあたり、デリーにおいて高齢者と同居する家庭1019世帯を対象とした調査を行なっている。そして、この調査の結果として、各世帯に住む若い世代の回答者の間では、年老いた両親の面倒を見ることは社会的道徳的かつ宗教的にも彼ら自身の責務であるとする利他主義的動機がかなりのウエートを占めていることがわかった。しかし、そんな彼らも本音の部分では、年老いた両親の面倒を見ることは精神的にも経済的にも負担に感じているという声もわずかではあるが聞かれた。そして結論として、社会的道徳的価値観を維持させる上での教育機関の信仰指導者の役割が重要であると主張している。

以上述べたことでこの論文の内容はだいたい言い尽くしたと思うので多言は要しないだろうと思うが、少しだけ補足説明をしておきたい。

1)調査対象の1019世帯で実際に聴き取り対象となったのは4525人、うち15-59歳の現役世代が3140人、60-74歳の高齢者が1385人、75歳以上の超高齢者が254人となっている。男女比はほぼ1対1である。サンプルは社会経済階層を幅広くカバーしており、スラム居住者が14.85%、富裕層居住地域に住む高所得世帯が4.40%、政府職員世帯が3.95%、以上3カテゴリーでカバーされていない中所得者及び中低所得者76.79%である。感覚としてはデリーの世帯構成はこれに近いように思う。但し、スラム居住者が年老いた両親と同居している割合はそれほど高くない筈であり、例えば、ウッタル・プラデシュ州やビハール州から単身または同郷の同世代の友人知人と連れ立ってデリーに来たような若年層が田舎の両親のケアをどう捉えているのかについては、この調査では捕捉できていないように思う。

2)先ほど述べた両親のケアを負担に感じ始めている家族の割合は全体の8%程度に過ぎないが、男性と女性を比較した時、男性の方が負担に感じている割合が高い(10%)。また、年齢構成別で見ていくと、10代や20代の若年層の間では高齢者ケアは道徳上の責務であると肯定的に捉えている割合が高いが、30代や40代になってくるとこれが経済的負担と感じてくる割合が高まってくる。このあたりは自分の感覚とも合致する。ケアを行なう動機(複数回答可)としては宗教上道徳上の責務とするものが89.8%と圧倒的で、社会的責任とするものも74.7%を占めた。他方で、両親に年少時代の面倒を見てもらったことに対するお返しとする考え方は全体の25.7%しかない。女性の方が高齢者のケアにおいて責任を果たすことには積極的であるが、その一方で高齢者にも家庭内である程度の役割は担って欲しいという期待もある。例えば子供の面倒である。また、教育水準が高い家族構成員は高齢者の支援に対してより積極的であるとの結果も出ている。

3)次に著者が試みているのが高齢者が治療のために病院に行くケースの分析である。これによると、医者にかかったことがある高齢者の2/3が脆弱な所得獲得機会と家族への依存といった不安定な状況に置かれているという。60歳以上の高齢者の65.6%、70歳以上の70.8%が独立した所得機会を持たない。また、収入源を。1つしか持たない高齢者も、60歳以上で31.2%、70歳以上で26.4%もいる。収入源が2つ以上ある高齢者は殆どいない。また、男性に比べて女性の高齢者の方が経済的に脆弱な状況に置かれている。60歳以上の女性の66.3%が独立した収入源を持たない。ではその収入源を誰が担っているかであるが、調査によれば、高齢者の息子や娘が負担し、しかもこの負担によって自分達にどの程度の影響があるのかについては特段考慮もせずにそれが行なわれているという。

まあ、妥当なことが書かれているように思う。あまり意外感はない。ただ1つ思うのは、これにグルガオンやノイダあたりに住んでいる新中間層のニューリッチを加えたらどんな結果が出るのかということである。彼らは先ず親と同居していないし、子供もせいぜい1人か2人といったところで、核家族化やDINKS化といった現象も見られると思う。彼らの場合も稼いだカネで田舎の年老いた両親の生活向上を図るのは自分達の責務だと本当に思っているのだろうか。ちょっと疑問である。

因みに、この論文は、以前にも紹介した下記文献の第6章「Caring for the Aged and Plannig for Self-Ageing: Views of Younger Adults」の記述をかなり用いている。

Ageing in India: Socio-Economic and Health Dimensions (Studies in Economic Development and Planning)

Ageing in India: Socio-Economic and Health Dimensions (Studies in Economic Development and Planning)

  • 作者: Moneer Alam
  • 出版社/メーカー: Academic Foundation
  • 発売日: 2007/04
  • メディア: ハードカバー

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