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カースト制打破の決め手? [インド]

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今週1週間は断続的にジャヤハルラル・ネルー大学(JNU)で行なわれている日本の某大学院のスクーリングにオブザーバーで出ている。フィールド視察は別として、講義はとてもオイシイもので、JNUの副学長のバッタチャリア教授(B. B. Bhattacharya)、首相経済諮問委員会のチャダ委員(G. K. Chadha)等、一線級の講師陣から1日3コマの講義を受けられる。(フィールドも行けたら良かったのだが、仕事も有給休暇を取りながらスクーリングに参加していたので、さすがに毎日休むというわけにはいかなかった。)

僕が日本の方とインドのお話をすると、必ず話題に上るのがカースト制度である。下層カーストや不可触民がインドの社会問題だと決めてかかって後進性の象徴かの如き仮説に基づいて質問をされる。時として少数民族への差別というのも言われることがある。僕達が普段職場でデスクワークをしているだけではなかなか気付かないことではあるが、社会階層が違う外部者が村落普及員のような仕事で村を訪れても、なかなか受け入れてはもらえないという現実があるという話をうちの現地人スタッフから聞いたことがある。僕らが気付かなくても、カーストや部族の差別の問題は厳然として存在するということなのだろう。

だからといってインド政府が何もしていないわけではない。最たる例が国会下院や公務員採用、高等教育機関の入学における指定枠(クォータ)制である。指定カースト(SC)に15%、指定部族(ST)に8%の優先枠が設けられている。女性の優先枠というのもある。全体の33%は女性というものである。でも、こうした指定枠を設ける試みは、米国の黒人やエスニックマイノリティの学生入学の際によく言われたように、それ以外の社会集団に対する逆差別となる危険性も孕んでいる。枠を設けるような強制的な介入は、企業にしても、大学にしても、いずれにしても組織の競争力を損ねる可能性があると思う。

そんな折、8月21日(木)のJNUでの講義で、社会科学部アミターブ・クンドゥ教授(Amitabh Kundu)の都市ガバナンスの講義を聞いた。前置きが長くなったが、本日はこのクンドゥ教授が座長を務めた専門家グループの報告書のお話である。22日(金)のHindustan Times紙に、「多様性を持つことは良いビジネスとなるだろう(It'll be good business to have diversity)」と題した記事が掲載されていた(Zia Haq記者)。職場や学校、NGO、居住者協会に至るまで、より多くの女性をメンバーに加え、より多くの低カースト出身者を雇い、宗教上のマイノリティである人々をより多く雇うことは、ビジネス的には意味のあることになっていくかもしれないというこの記事は、企業や組織のこうした分野での取り組み状況を数値的に評価する多様性指数(Diversity Index)について紹介している。インド政府が近い将来こうした指数を創設し、企業や政府組織における雇用や、教育機関における学生受入にこれを適用するであろうと記事は述べている。評点は0から1までの間で付けられ、0.6以上を記録すると多様化が進んでいると評価される。多様性が高ければその組織に対する社会的信頼性は高まり、低ければ社会貢献に乏しい企業と見られてしまうというリスクがある。また実際にこうした指数に基づき、助成金や輸出割当の配分を行なうという可能性もある。

専門家グループには、なんとアブドゥル・カラム前大統領も名を連ねておられた。そんな凄いグループの座長がクンドゥ教授なのである。この専門家グループは、こうした指数の導入を提言した報告書をマイノリティ関係省(Ministry of Minority Affairs)に提出した(報告書本文へはこちらからジャンプして下さい)。報告書は今後数週間以内に下院での審議に入る予定とのことである。報告書では、「多様性」の定義を、①宗教、②カースト、③ジェンダーバランスの3つの項目で捉えて評価結果の数値化を試みているものである。試案の段階だから今後さらに精緻化する過程で、「障害者」にも配慮する必要があると思う。また、組織の評判に係るリスク(reputational risk)に訴えようとしているのであれば、実は「多様性」自体が1つの切り口に過ぎず、「児童労働」「環境配慮」といったものが今後の企業・組織評価の指標として考えられていく必要もあるように思う。「多様化」があってこそのマイノリティ関係省への報告書提出だろうから、今からそこまで欲張った期待をすることは難しいかもしれないが。

割当枠制のように一定割合を強制的にある政策目的の達成に振り向ける手法と比べ、こうした指数の公表により企業・組織の側に自発的な行動を促していこうとするアプローチの方が、民間企業にとってはよりしっくりいくような気がする。評価が低いと、消費者の不買運動に発展する恐れすらあるからである。

こうした画期的な多様化指数のお話を、新聞発表がなされる前にクンドゥ教授から直接うかがえたのはとても有難いことだった。それがなければこの新聞記事すら見落としていたかもしれない。またそれ以上に印象的だったのは、ご専門の都市ガバナンスの問題と絡めて、こうしたカーストやマイノリティの放置して今後も都市開発が進んだ場合、成長に伴う格差拡大はいずれ臨界点に達して大きな混乱をもたらすとはっきり警告されていたことである。いろいろな先生の講義を受けさせてもらってきたが、そこまではっきりと仰った方はいらっしゃらない。また、クンドゥ教授は、都市のインフラ整備の必要性自体は否定しないが、本当にインフラ供給が必要なのは中高所得層が求めるようなものではなく、低所得層や低カースト、エスニック・マイノリティ、地方から出稼ぎに来たインフォーマル・セクター労働者といった、都市における権利基盤が非常に脆弱な人々であり、彼らが恩恵を受けるようなインフラ・サービスの設計がなされなければならないと強調されていた。都市のインフラ整備には日本の援助も貢献していると思うが、例えば上水道整備事業への支援が、本当にそれを必要としている人々に先ず届くよう設計されているのかは注意して見る必要があると思う。クンドゥ教授が日本の円借款事業で進められている都市インフラ整備事業を見てどうお感じになるのかは興味あるところだ。

21日はクンドゥ教授とお目にかかれただけでも収穫があったと思える1日だった。「知り合いの研究者を何人か紹介するからまた連絡してきてくれ」と仰っていただいたのも感激してしまった。最後にクンドゥ教授の著作を幾つか紹介しておく。「In the Name of Urban Poor」は別のところでも聞いたことがあるタイトルであり、今は絶版になってしまっているが、どこかで借りることができたら是非読んでみたいなと思う。

In the Name of the Urban Poor: Access to Basic Amenities

In the Name of the Urban Poor: Access to Basic Amenities

  • 作者: Amitabh Kundu
  • 出版社/メーカー: Sage Pubns
  • 発売日: 1993/08
  • メディア: ハードカバー

Informal Sector in India

Informal Sector in India

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: Institute for Human Development
  • 発売日: 2001/01/01
  • メディア: ハードカバー

A Handbook Of Urbanization In India: An Analysis of Trends and Processes

A Handbook Of Urbanization In India: An Analysis of Trends and Processes

  • 作者: K. C. Sivaramakrishnan
  • 出版社/メーカー: Oxford Univ Pr (Txt)
  • 発売日: 2005/09/29
  • メディア: ハードカバー

India: Social Development Report

India: Social Development Report

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: Oxford Univ Pr (Txt)
  • 発売日: 2006/02/23
  • メディア: ペーパーバック

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