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『信頼と安心の年金改革』 [読書日記]


信頼と安心の年金改革

信頼と安心の年金改革

  • 作者: 高山 憲之
  • 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
  • 発売日: 2004/05
  • メディア: 単行本

内容(「BOOK」データベースより)
600兆円にもおよぶ巨額の追加資金(年金の債務超過額)をこれからどのように負担していくのか。そして若い世代の年金制度に対する信頼をどのように取り戻すのか。この二つの基本問題に具体的に回答すること―それが本書の目的にほかならない。もとめられているのは「負担の構造改革」である。
『予知夢』のような軽い文庫本を読んだ後は、超硬派のハードカバーもいいかな。いや、実態は逆で、この1週間かけて、本日紹介する本の方を先に読み進めていた。その間に息抜きで小説を読んだということである。

著者の高山憲之教授は一橋大学経済研究所教授で、年金問題を経済学的見地から論じる日本の研究者としては最高権威であり、「バランスシート論」に立脚した年金改革論者の急先鋒である。また、高山教授は年金制度の国際比較も行っており、年金制度改革の世界的動向にも精通している。IMFや世銀でのコンサルタント業務経験に基づき、途上国の目線に立った年金改革の方向性についても言及がなされている。本書第8章は1994年の世銀レポート発表を契機に沸騰した年金論争を概観するには非常にまとまった文献だった。


本書の要点は次のようなことである。

(1)公的年金の中では財政的に最も安泰な制度だと見られていた厚生年金も、年々の収支フローで既に赤字に転落している。加えてストックベースで見た場合、財源手当のない給付債務が530兆円ある。これに国民年金や共済年金も加えると、日本の公的年金制度全体での債務超過額は600兆円弱に及ぶ。年金保険料負担が継続的に引き上げられてきたことにより、若年・将来世代は年金に対する不信感を増大させ、企業もまた人件費のいっそうの節約に追われることになった。このために、国民年金制度だけではなく、厚生年金においても空洞化が懸念されている。

(2)我々は今公的年金制度に関して2つの大きな問題に直面している。1つは若者の年金不信をどのように取り除くかという問題で、もう1つはバランスシートにおける巨額の債務超過を今後どのように圧縮していくかという問題である。2004年の年金法改正は、債務超過額の圧縮を年金保険料の引上げによって行おうとしているが、負担増の圧倒的な部分は現在の若者や将来世代が負うことになる。第1の問題に関しては、スウェーデンの年金改革で導入されたような「みなし掛金建て」、あるいはそれとほぼ同等の内容を持つ給付建て制度へ抜本的に再編成し、負担と給付を直結させることで、納付した保険料は必ず返ってくるという認識を醸成することが必要である。

(3)第2の問題に関しては、先ずバランスシートに表れた年金の債務超過を正確に見極めることが必要となる。これまでの年金制度改革では、厚生官僚が都合の悪いデータを開示して来なかったため、認識枠組みの不備により債務超過額が膨れ上がってきてしまった。また、社会保険料を引き上げることは国民負担増という意味で増税と同じ効果があるが、社会保険料引上げに際してマクロ経済への影響や逆進性等の問題についてさしたる議論をされることもなく、引上げが容認されてきた。年金財政の安定化手段は①保険料引上げ、②国庫負担分の増大、③積立金の運用収入増、④給付のスリム化、の4つしかないが、厚生労働省の自由裁量下にある政策手段は①と④しかなく、適切な政策手段の選択ができる政策形成枠組みとなっていない。実際の債務超過額の圧縮策としては、上記②の税金投入分の拡大とそのための安定財源としての年金目的消費税の導入に加え、④給付増を抑制する政策(但し一律に給付を調整するのではなく、年金給付額の大きい人に率先して譲ってもらう制度設計にすることが必要)が考えられる。が、これには省庁の縦割りを超えた高いレベルでの政策調整機能が求められ、政治家の役割は非常に重い。

(4)1994年に公刊された世銀レポート『年金危機をどう回避するか』は、その後の年金論争の発端となっている。これまで世界の先進国で進められてきた年金改革は、基本的に給付建ての年金を賦課方式に基づいて運営するという枠組みを変えず、公的年金の保険料負担の増と給付増の抑制によるものであったが、世銀レポートは、既存の年金の所得比例部分を掛金建ての制度に切り替え、積立方式に基づいて財政運営するシステム、積立金年金の民営化に切り替えるべきと提言している。この提言は各国年金当局者や研究者の間で多くの波紋を呼んだ(後述)。世銀レポートが理念型として推奨したのはチリ、シンガポール、オーストラリアの年金制度であるが、その後の論争を経て世銀も組織見解に修正を図り、現在ではスウェーデンの「みなし掛金建て」の有効性について検討を進めているところである。

元々著者が様々な場で発表してきた原稿を繋ぎ合わせて編集された単行本であり、ところどころで記述の重複があるように思う。また、年金の基本用語(給付建て、掛金建て、積立方式、賦課方式、二重の負担)の解説が第8章で初めて出てきているが、これなどは本書冒頭に持って来る方がすわりが良い記述である。

また、第Ⅰ部の「日本の公的年金改革」(第1章~第4章)と、第Ⅱ部「世界における最近の年金改革」(第5章~第7章)、第Ⅲ部「年金論争の10年間」(第8章)との関連性が一見するとはっきりわからない。序文においてこの辺りの関連性が詳述されるとそういう問題意識を持って各章の記述に入っていけるように思った。第Ⅰ部では著者が代表する「バランスシート論」に立ち、公的年金の年金純債務の規模とそれがもたらす影響、圧縮策の検討に重点が置かれている。第Ⅱ部では、第5章は第Ⅰ部で若年・将来世代の年金離れを食い止めて信頼を取り戻す手段として著者が強調した「みなし掛金建て」を既に導入して評価を受けているスウェーデンの年金改革を取り上げ、第6章では、これも第Ⅰ部で著者が主張していた安易な保険料引上げを許さない枠組みを既に年金制度に取り込んでいる事例としてドイツとフランスの年金制度について取り上げている。

他方で、第7章は第Ⅲ部(第8章)で取り上げる年金論争の発端となった世銀レポートにおいて、2階部分(所得比例分)の積立方式への移行と民営化の先行事例として引用されていたチリ、シンガポール、オーストラリアの年金制度が紹介されている。従って、第7章以降は公的年金の年金純債務の問題から離れ、賦課方式か積立方式かという財源調達方法の比較論に移っている。著者がそこで主張しているのは年金過去債務が存在する限り賦課方式であろうと積立方式であろうと大きな違いはない、年金専門家間の意見の相違はむしろ将来にかかわる事実判断や政治判断に基づくところが大きいという点であったのではないかと思われるが(pp.185-186)、前者については第Ⅰ部でそこまで明示的には描かれていなかったので第6章までと第7章以降の関連性を見出すには少々苦労をした。

第7章と第8章は、世界の年金改革の動向とその背景となっている年金論争を概観しており、日本語で解説されている文献としてはおそらく最も包括的なものであろう。年金論争の発端は繰り返しになるが1994年の世銀レポートであり、今後の必読の文献であると考えている。また、本書の発刊が2004年であることから、当然ながらその後の年金論争についてはカバーされていない。肝心なのは年金論争の発端になった世銀自身が1994年のレポートで述べた見解を修正した新たな認識枠組みを2005年に提示していることで、これも併せて今後の必須文献となってくると思う。

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コメント 1

降龍十八掌

政府は国債や年金をなんとかしようなんて、考えてはいないようですね。
いざとなったら、100倍のインフレにして、借金を100分の1にしてしまえばいいそうです。
実際に、日本はそのテを使って戦後、立ち直ったとのことです。
by 降龍十八掌 (2008-05-05 22:21) 

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