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小川忠氏のインド本① [読書日記]

インド 多様性大国の最新事情

インド 多様性大国の最新事情

  • 作者: 小川 忠
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2001/11
  • メディア: 単行本


内容(「BOOK」データベースより)
ヒンドゥー至上主義の台頭、下層カーストの発言力増大、数億を超える中間層の誕生、IT革命の牽引車等々。アジアの大国インドは、急速に変貌をとげ、今まさに大転換期にある。ダイナミックに変貌するインド。その実態はいかなるものなのか。日本が21世紀のアジアを生き抜く上で現代インドの理解は不可欠である。日印文化交流に携わった著者が多様性大国インドの最新事情をレポートする。

小川忠――1959(昭和34)年、神戸市に生まれる。早稲田大学教育学部卒。現代アジア文化論、国際文化交流論専攻。国際交流基金総務部調査役。国際交流基金駐在員としてインドネシア、インドに駐在、日本とアジア諸国の文化交流事業に携わる。著書に『インドネシア 多民族国家の模索』(岩波新書)、『ヒンドゥー・ナショナリズムの台頭 軋むインド』(NTT出版、アジア・太平洋賞特別賞受賞)、共訳に『実用重視の事業評価入門』(清水弘文堂書房)がある。(本書著者略歴より)

先週、(財)三鷹国際交流協会(MISHOP)が主催した国際理解講座に参加してきた。講師だった国際基督教大学・新津晃一名誉教授のお話ではそれほど感じなかったのであるが、講演の後のフロアからの質問が、カースト制度に集中したのが印象的であった。新津教授のお話は、今もカースト制度は存在するというところまでは仰っていたと思うが、フロアからの質問はカースト制度は悪であり、そのような制度が残っていることはインドの後進性を示すものだという趣旨ではなかったかと思う。以前読んだ榊原英資さんのでは、ビジネスの世界でカースト制度が問題になることはないと書かれていたが、インド社会全体を見渡すと、善悪の判断は抜きにしてもやはりカースト制度は現存するのだというところはおそらく間違いはないのだろう。

本書の著者の小川氏は、カースト制度を軽々しく論じることの危うさを指摘されている。「カーストが有する複雑な諸相を考えると、自らの体験のみに頼って、これを軽々しく単純化して語ることはインド理解を妨げるつまずきのもとだ。そして、「悠久のインド社会」の「古代から変わらぬカースト制度」といったたぐいの単純化は、差別する側に与する結果を生むことに注意する必要があるだろう。「壮大な文明論」を語る前に、一つ一つの事実を積み上げてゆきたい。」(p.40)また、最終章の最終節において、小川氏はこうも書いている。「嫌印感情をたかぶらせて日本人同士でインドを悪し様に語る安易な風潮は改めるべきである。日本がインドに接する時、心がけるべきは、インド人に誠意を持って自分の意見を述べること、もっと現代インドについて学ぶこと、の2点につきる。」(p.208)

日印文化協定50周年の今年、インド絡みのイベントは日本でもいろいろと行われているところであるが、僕達は今一度小川氏の文化交流に関する主張に耳を傾けるべきであろう。小川氏は2001年3月にインド駐在を終えて既に帰国されているが、本書は前段で述べた同氏の主張を地でいくように地道な調査とインド人との交流で彩られている。雑誌や各種シンクタンク発表の調査レポートには目を通し、実際の取材も欠かせない。第2章にある中間層の拡大などでは、中間層の定義について、応用経済研究カウンシル(NCAER、小島卓氏の著書では別の言い方をしていたが)の定義と、インド商工会の定義を取り上げている。また、新しい中間層の思考様式、生活様式については、外交官であるパヴァン・ヴァルマ氏執筆による"The Great Indian Middle Class"からの引用の他に、ジャワアルラル・ネルー大学(JNU)の日本研究者プレム・モトワニ氏の『インド人が語るニューインド最前線』からの引用、デリー大学(DU)の日本研究学科・ブリッジ・タンカ学科長にはインタビューも行っている。

こうした中間層の台頭を綿密な調査や取材をもとに丁寧に描く手法は、本書の中で随所に見られる。僕がインドに行ったら是非見てみたいと思っているのは、電力供給もおぼつかないようなインド農村部で、ICT(情報通信技術)がどのように生かされているのか、人々はICTをどのように活用して生活向上を図っているのか、そのICT活用の実践は持続可能なものなのか、といった疑問を、実際の現場を見ることでクリアにしていきたいということであるが、小川氏は、グローバリゼーションの衝撃の緩和(デジタル・ディバイドの解消)、グローバリゼーションへの対抗の動き、或いはグローバリゼーションの利活用の動きとして、農村部で実際に起きていることを事例として幾つか紹介していている。

「普及の遅れが危惧される農村でも情報革命の時代に取り残されてはならない、とIT技術を積極的に取り入れる農民も現れている。パンジャーブ州で近代農法を取り入れているクシュワント・シン氏は、洪水で農作物が全滅した経験からIT利用を始めた。今まで入手できなかった詳細な気象情報を得ることで、水害にあわないよう種まきから収穫までのスケジュール管理を行って効果をあげているという。また農作物の疫病がパンジャーブ地方で蔓延した際には、米国フロリダ州の農学権威にインターネットでコンタクトして彼から適切な助言を得たことで被害を最小限に食い止めた。」(pp.75-76)

「パンジャーブ州は「緑の革命」に成功し富農層が多いことからインドの農業地域でも特別な存在であるが、貧しい農民が多い地域でもIT利用に取り組んでいるケースが報道されている。アーンドラ・プラデーシュ州のシッダルプール村は世の流れから取り残された後進的な村と考えられてきた。しかしこの村の村民1800人がなけなしのお金を出しあって、6万ルピーのパソコンを村に購入し、インターネットに接続した。さらに村の長老たちは相談して、村の自治組織で働く若者を、同州のIT拠点都市ハイダラーバードにIT研修に送り込んだのである。村人たちにとっては大変な決断であったはずだが、その成果は現れた。電子メールを使って州議会への請願に成功、彼らの主張を州の農業政策に盛り込ませた。またインターネットを使って、農産物価格動向を把握することができるようになり適正な価格で出荷ができるようになった。このため村人たちから中間搾取していた商人の姿は村から決めた。」

「アッサム州のナガオン村は、伝統的な絹織物の産地として知られるが、近代産業との競争に負けて衰退の一途をたどっていた。数人の工芸職人たちがIT利用を思いついた。インターネットを通じて世界の流行を察知し、市場に合わせたモダンなデザインの織物を編み上げる。都市の消費者と直結した生産を始めたのだ。売上げは4倍にあがり、途絶えかかっていた伝統技術は、最新技術によって息を吹き返した。」(pp.75-77)

こうした、ITを活用してグローバリゼーション下の農村社会を上手く生き抜く取組みは、これらに限らずインドには随所に見られるのではないかと思う。そうした取組みを発掘し、調査して、多くの人々に紹介していく―――そうすれば、巨額の公的援助になど頼らずとも地域社会の活性化を地域住民自らが考えて行動に移せるのではないだろうか。NHK「ご近所の底力」のような発想である。

本書を読んで、僕はインド駐在の数年間のうちに、こうした人的ネットワークが拡げられたらいいなと思う気持ちが強くなった。本文の中に、インドの政府系シンクタンクであるインド政策研究センター(Centre for Policy Research)に関する記述もある。こうしたシンクタンクがどのような研究者を抱え、どのような政策提言を行っているのか、注目しておく必要があると思った。また、ちょっと欲張りな希望であるが、こうした本を出版して記録にとどめるという意識を最初から持っておくことも重要だと感じた。小川氏は、インドネシア駐在時代に1冊、インド駐在時に2冊、各々の国の事情について紹介した本を書いておられる。国際交流基金が組織としてこうした取組みをされているのか、或いは小川氏個人の努力なのかは本文からは窺い知ることはできないが、僕もそういう意識を持ってインドに向かいたいと思っているところである。

最後に、僕の職場の昔の同僚で、今国際交流基金に勤めている知人から、「インドに行くならこの本も読んではどうか」ということで、小川氏のもう1冊の著書を薦められた。聞けば小川氏はその知人の今の上司だとか。世の中狭いものである。この本も面白そうだが、読み終わったらまた紹介してみたいと思っている。

ヒンドゥー・ナショナリズムの台頭―軋むインド

ヒンドゥー・ナショナリズムの台頭―軋むインド

  • 作者: 小川 忠
  • 出版社/メーカー: NTT出版
  • 発売日: 2000/02
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


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