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小島卓氏のインド本 [読書日記]

やがてインドの時代がはじまる―「最後の超大国」の実力

やがてインドの時代がはじまる―「最後の超大国」の実力

  • 作者: 小島 卓
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞社
  • 発売日: 2002/09
  • メディア: 単行本

 


内容(「BOOK」データベースより)
「21世紀は中国の時代」といわれているが、ハイテク業界ではむしろインドに注目が集まっている。90年代初頭からの経済自由化で着実に成長を実現。世界最大の民主主義国家、英語話者国家であり、ハイテク分野への集中投資により、ソフトウェアの輸出額は世界第二位。マイクロソフトのウィンドウズからJRの改札機のプログラムまで、いまや世界のソフトウェア業界は、インド人なしではやっていけないと言われるほどである。本書は6年にわたり「新インド」の中心であるバンガロールに滞在した日本人ジャーナリストが、インドの急速な発展の秘密、そして将来の展望を語る啓蒙の書である。

小島卓――1963年新潟県小出町生まれ。立命館大学法学部卒。出版社編集者、ニュースレター『インサイダー』記者を経てフリージャーナリストに。96年より南インド・バンガロールを拠点にIT産業を中心とした調査・取材を続ける。現在コンサルティング会社「インド・ビジネス・センター」リサーチャー兼インド情報の調査・翻訳事務所「ジュガルバンディ」代表。そのかたわら、バンガロールが生んだ奇才映画監督ウペンドラの作品の日本紹介も手がけている。主な著書に『アジアンマニアックス』(鹿砦社・共著)がある。

ジャーナリストが書く本は、文章力があるだけに読んでいて非常に面白い。これまでインド関連の書籍を重点的に乱読してきたが、インド株を推奨しているような投資家狙いの本は、通り一辺倒のマクロ経済データを並べたり、誰もが知っているような事実を並べたりして、インドを知った気持ちにさせるのは上手いが、だから何なのというところで今一歩という感が否めない。例えば、バンガロールのIT産業集積については多くの著者が取り上げるが、なぜバンガロールなのかについてちゃんと説明している本は意外と少ない。なぜインドではIT技術者が沢山いるのかという疑問に対しても、インドは数字のゼロを考え出した国だから元々数学的思考が得意なのだというぐらいの説明しかしていない本もある。

本書の著者は、そうした表面的で薄っぺらなIT礼賛ではなく、ちゃんとした取材に基づきひとりひとりの人にスポットを当てている。インド国内のシンクタンクや政府機関の調査データも盛んに引用し、その上で丁寧な取材によりバンガロールのITをマクロレベルだけではなく、エンジニアや経営者といったミクロレベルからもよく捉えている。取り分け、日系のバンガロール進出企業の初期の苦労話は、対印ビジネスを考える上でも非常に示唆に富んでいると思う。ここ数週間で読んだインド関連の書籍の中でも最も面白かった本の1つである。

「バンガロールの研究機関、社会経済変動研究所(ISEC)のリベラル派研究者たちは、このインド版「デジタル・ディバイド」の問題を指摘し、IT革命の成果は否定しないまでも、その過日をいかに貧者に分配できるかが重要だと話す。」(p.13)

国家応用経済調査センター(NCAER)の調べによれば、2001年度のインドの所得層人口変動は、95年度時に比べて、富裕層(ベリー・リッチ)が700万人から1500万人に倍増した。上位中産層(アッパー・ミドル)も1億8600万人から2億6500万人に増え、インドの購買力の主力である両層の総数は2億8000万人に達したという。これが、2006年度には、富裕層が3000万人に、上位中産層は4億3200万人に笛、貧困層は現在の1億9200万人から1億1700万員に減少すると予測している。」(p.104)

「こうした貧困層を減らすべく、インド政府は人口抑制政策を強化しており、2002年1月には国家人口委員会(National Commission on Population = NCP)が、1夫婦が3人以上の子供を作らないという「二人っ子政策」の推進・実現を中央政府と各州政府に勧告した。しかし、同委員会の予測は全人口の95%を占めている主要15州のうち、7州までが2010年内に出生率を2.1%に引き下げることが不可能だと見ている。とりわけ貧困層の割合が高い北部のウッタル・プラデーシュ州とビハール州はどうにも歯止めがかからないとかなり悲観的だ。」(pp.109-110)

シャープのバンガロール進出について、他の日系企業との大きな違いとして、シャープ現地法人(SSDI)が日本のシャープではなく、米国シャープ、しかもその研究開発企業の100%現地法人として設立されていることが指摘されている。日本製品のソフト開発も、ここでは全て英語で、米印の技術者によって行われているという。そのSSDIの取材の中で、以下の記述がある。「米印間で業務行う最大の利点はコミュニケーションが円滑なこと。開発業務では厄介な仕様書等での誤解が生じない。その他の法人業務で必要な書類作成も、インド人はペーパーワークが得意だからもってこいです。これらの業務を日印間で行ったらトラブルだらけかもしれませんね。第二の利点は資金調達が容易なことです。米法人の場合、発注プロジェクトに合意したさいは予算の何割かをアドバンスで印法人に支払うのが一般的です。これに対して日本法人の決済業務は成果物受け取り後の支払いが基本。そのためインド側は資金繰りに困ったりする。日本人の私があまり口を出さない方がうまくいくんです。」(pp.182-183)

次の記述はエプソンの現地法人の日本人派遣社員へのインタビューに基づく。全土を歩いてみて、インド各都市の多種多様なことや、農村地域のマーケットが予想以上に大きいということが指摘されている。「ムンバイは最大の商圏ですが、ビジネス自体はとてもタフ。インドは各州で州税もまちまちですが、とりわけムンバイ、プネはきついです。デリーは確かに首都だけあって都市整備はしっかりしているように見える。しかし、人々がなんだか威張っている印象を受けます。チェンナイもなんだかわさわさしていて印象が悪い。(中略)コルカタ(旧カルカッタ)は多くの日本人が『汚い』といって嫌がるようですが、私個人の印象では、緑が多く、アジアの香りがあって、なんとなく親しみを感じます。ハイデラバードはバンガロールとIT産業で競っているといわれるわりに、肩すかしを食らった感がある。(中略)赴任前にインド関係のレポートをある程度読んできたのですが、それらによれば、インドではデリー、ムンバイ、コルカタ、チェンナイ、バンガロールの五大都市が全市場の6~7割を占めると書いてあった。つまり、大都市市場さえ押さえれば、大半の国内市場を押さえたことになるわけです。しかし、現地で実際調べてわかったのは、五大都市の市場シェアはそれほど大きいものではなく、むしろそれ以外の中小都市や農村部での市場が6~7割も占めているということです。当社は残念ながらまだこうした農村地域をカバーできていない。逆にいえば、だからこそインドの潜在市場性は大きい。インドビジネスは確かに大変ですが、これほど宝の山がころがっている市場も珍しいかもしれません。」(pp.188-189)

インドの多様性については、バンガロールに住んで35年という日本人Kさんへのインタビューも示唆に富んでいる。「村で半年暮らした後、2年間はカルナタカの山の中ばかり歩き回っていました。日本からのお客さんといっしょに山に入って、その場で選んでその場で商談成立。後は木を切り日本に送っていた。当時74箇所あった州政府の営林所はすべて回りました。北カンナダ、南カンナダ、西ガーツの山の中を歩き回っているといろんな人たちに出会うんです。ジプシーの民もいれば英国人が奴隷として連れてきたアフリカ人の末裔たちもいた。ムンドゥゴットという亡命チベット人の町はダライ・ラマの側近やその関係者が多かった。彼らは皆、裕福な階級だった。とにかくいろんな民族が山の中には住んでいた。」(p.196)

次の記述はカラム大統領の生い立ちに関するものである。「出身地はスリランカに程近い南インド、タミル・ナドゥ州マーレシュワラムの小さな漁村。イスラム教徒の庶民の家に生まれた彼は、子供の頃から新聞配達をしながら新聞を読み、友達から本を借りては勉学に勤しんだ。こうした苦学の末にミサイル技術を専門とする技術者となり、いまも自分は「科学者ではなく技術者である」という。酒・煙草はやらず、食事も完全菜食主義だ。三度の飯より科学が好きで、趣味は詩作と南インドの伝統楽器ヴィーナを奏でるぐらい。しかも「科学技術に身を捧げ」、生涯独身を通している。ちなみに現政権のバジパイ首相(当時)も「母国インドに生涯を捧げた」独身者で、いくつかの著作もある詩人である。国家の首長たる首相と大統領がともに、「70歳の高齢で、生涯独身を貫き、酒・煙草はもちろん肉食もしない菜食主義者、そして詩人」という国はかなり珍しい。」(p.204)

いくつか興味を引かれたポイントを上で取り上げたが、もう1つ重要なのは、著者はカラム大統領が1996年に発表した『INDIA2020: A Vision for the New Millennium』の概説を第7章で扱っている。この本は最近日本語訳が出版されて少しだけ話題になったが、日本語訳でも300頁近くある大作を、バンガロール在住時代に既に読み込んで概略を整理していたのは非常に重要だと思う。

インド2020―世界大国へのビジョン

インド2020―世界大国へのビジョン

  • 作者: A.P.J.アブドゥル・カラム, Y.S.ラジャン
  • 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
  • 発売日: 2007/04
  • メディア: 単行本

 

 


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