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『ラストワンマイル』 [読書日記]

ラスト ワン マイル

ラスト ワン マイル

  • 作者: 楡 周平
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2006/10/26
  • メディア: 単行本

内容(「BOOK」データベースより)
俺たちの仕事をクリック一つで奪うなんて、絶対に許さない!民営化された郵政にコンビニでの宅配便扱いを奪われた暁星運輸の営業課長・横沢。新規契約獲得に奔走するさなか、ネット市場を席巻するIT企業「蚤の市」から要求されたのは、あり得ない額の値引きだった。創業時からの取引先を容赦なく切り捨てるは自らの進退を賭けた「戦争」を仕掛ける。勝つのはどっちだ?!明日の日本を予見する経済小説。

正月休みも今日が最終日。昨夜の深酒がパソコンに向かって仕事を捌く気力と体力を見事に奪い、これまで数日間でコツコツと貯めてきた貯金を一気に吐き出してしまった。二日酔いのせいもあるが気分はあまりよくない。仕事に向かう集中力も全くない。毎年熱中してテレビ観戦していた箱根駅伝も、往路5区の順大・今井1人で結果が決まってしまい、復路は白けて観る気力もあまり湧いてこなかった。

そこで集中して読んだのがこの本。郵政公社以外には実在の企業や個人の名前は出て来ないが、「暁星運輸」はヤマト運輸、「蚤の市」社長・武村というのは楽天・三木谷、ライブドア・堀江をドッキングさせたキャラ、「極東テレビ」というのは、フジテレビかTBSだろうなと想像がつく。この小説は一昨年から昨年にかけて「サンケイ・ビジネス・アイ」で連載されていたことからも、この長編小説は出自からして何らかの目論見があったのではないかと思ってしまう。

とはいえあまりに面白かったので一気に読んでしまった。僕の会社は非営利なのでこうした1つのビジネスモデルを作って社内で10億円もの新規出資を年度途中でいきなり勝ち取るまでのシビアなやり取りを、実際の仕事の場において経験する機会はあまりないのだが、組織の存亡をかけたビッグビジネスというのはこういうものなのだろうなというがとてもよくわかった。近年のビジネストレンドは「協働(コラボレーション)」とか「パートナーシップ」という言葉でよく語られ、企業同士でもお互いの強みをうまく組み合わせて新たな価値を創造していくというものである。本書の場合は、テレビが持つメディアの影響力と、物販ビジネスの「ラストワンマイル」を握る運送会社の強みが組み合わさることによって、従来のネットショッピング以上のビジネスを開発し得たというものである。「このビジネスの生命線を握っていたのは、誰でもない。商流の最後の部分を担っていた物流業者だったんだ。俺は功を焦ったのかもしれない。極東テレビの買収を手がけるなら、それより先に生命線を握られている物流会社を手中に収めるか、あるいは確固たるパートナーシップを結んでおくべきだった」(武村社長の敗者の弁)。

述べておきたいもう1つのポイントは、本書で提示されたビジネスモデルが、IT化が推し進めたグローバリゼーションに対する対抗軸として、地域特有の資源に新たな価値をもたらすITの可能性を提示している点にもあるように思う。今の日本はどこの田舎に行っても大手の量販店が郊外型大型店舗を展開し、外食チェーン店やコンビニエンスストアが国道沿いに軒を連ね、地域の個性や特徴が全くない金太郎飴のような町ばかりになってしまっている。大手のスーパーやコンビニで惣菜が簡単に手に入るようになり、食材も流通網が発達したことによって地産地消が崩れており、どこの店舗の品揃えも特徴が見出しづらいものになってしまっている。そうなると、地域の食材を生かしたその土地ならではの料理というものがどんどん廃れていってしまいかねない。そういった地域の資源や個性にもっと光を当てないと、人は地域に集まって来ない。高齢化が進めば地方財政は逼迫して公共サービスがどんどん悪化していく。そうなると生活の便がますます悪くなり、住民は地域を去ってより生活環境の良い土地へと移動していく。そうした悪循環にもなりかねないのである。本書で描かれたビジネスモデルは、最先端の技術を使ったものではあるが、滅び行く文化を復活させ、労働力にはなりにくいお年寄りがその復活の役割を担っていくというものである。                                                                                                                

「日本には、こうした地方に埋もれたまま、広く知られていない郷土食がまだまだ無数にあると思うんです。地元の人はあるのが当たり前、とてもコマーシャルベースには乗らないと考えているものがね。そうした食べ物の多くは、時代の流れとともに忘れ去られ、やがて滅びていくものです。ですが、そうした食べ物が、店舗を持たずとも売れて収入に繋がる。これは、特にお年寄りにとっては、大変な魅力となるでしょう。その結果、限られた地域でしか口にされていなかった郷土食がビジネスになるとなれば、若い伝承者が出てくる。つまり日本の食文化が守られるということにも繋がるのです。」(p.306)

この3週間、『フラット化する世界』を読破するのに相当な時間を要した。これもIT化がもたらすグローバリゼーションの恩恵を確実にものにするためには「協働」や「パートナーシップ」、地域資源の発掘と有効活用等が必要であるという点を述べていた記述も随所に見られたが、これを日本的なコンテキストに落とし込んで具体的に考えるに当って、『ラスト・ワンマイル』は格好の素材を提供してくれているように思う。お薦めの1冊である。


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