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『ASEANと日本』 [読書日記]

ASEANと日本―東アジア経済圏構想のゆくえ (検証・東アジア新時代)

ASEANと日本―東アジア経済圏構想のゆくえ (検証・東アジア新時代)

  • 作者: 荒井 利明
  • 出版社/メーカー: 日中出版
  • 発売日: 2003/12
  • メディア: 単行本
内容(「MARC」データベースより)
経済的に発展し、民主化が進むASEANは、国際政治の中でも次第に重視されるようになった。ASEANの全体像を紹介し、今後の日本のアジア戦略を問う。
「ケニアからまた東南アジアかよ!」って言わないで下さい。元々南アジアへの思い入れがあり過ぎるので、アフリカも東南アジアも知識が希薄なのです。インドから離れていく寂しさも感じつつ、今は「一夜漬け」に多少なりとも貢献しそうな本を拾い読みする毎日なのです。

この日本の三連休、僕は事情があって11日(体育の日)は休日出勤したのだけれど、最初の2日間は天候も悪く、もっぱら読書に専念していた。最初に読み切ったのが本書であり、前回ご紹介したケニアのマカダミア栽培の本は後から読んだものである。

東南アジアといった時に、僕が促成で勉強しなければいけないテーマは2つある。1つはイスラム教で、もう1つはASEAN統合だ。僕のこれまでの歩みから言って、地域統合とは少しばかりの接点はあるが、それをASEANに落とし込んだらどうかというのはあまり考えたことがなかった。幸いなことに、ここ2冊ほど読んできたイスラム教の本はインドネシアを中心テーマに置いて書かれていたので、ASEANの政治的主導国として、ASEANに関する記述も結構あり、参考になった。特に、本書の直前に読んだ『インドネシア』は2006年発刊なので、情報が比較的新しくて助かる。

それに比べると、読売新聞の特派員経験者が書かれた本書は、2003年発刊ということで、情報としてはちょっと古くなっているのに物足りなさは感じる。

しかし、ASEAN発足の経緯からこれまでの歩みを整理し、かつASEANとも絡む様々なイニシアチブ―――APEC(アジア太平洋経済協力会議)、ASEM(アジア欧州会合)、ARF(ASEAN地域フォーラム)、ASEAN+3(日・中・韓)の各々について説明がされているところは非常に分かりやすくて参考になった。賞味期限という問題はあるが、ある一定期間であれば手元に置いて必要なときに手を伸ばしたい1冊ということができる。

それと、第Ⅱ部第4章にあった「日本のアジア認識」というのは興味深かった。戦前からの日本が「興亜」と「脱亜」の間で揺れ動いた歴史が描かれており、それが先進国サミットでの日本の立場「先進国とアジアの架け橋になる」というのとか、マレーシアのマハティール前首相の提唱したEAEG(東アジア経済グループ)には積極姿勢を示さない一方でAPEC(アジア太平洋経済協力)には積極的だったという日本の姿勢に繋がってきていると言われるとそうかもしれないと思った。なんとなく、日本はアジア諸国の利害を代弁してやっているというニュアンス、日本は米国の後ろ盾があって東南アジアと向き合っているのだというニュアンスが感じられるが、中国や韓国、東南アジアが大きく発展を遂げてきている今は、こういうやや「上から目線」でのアプローチではなく、東アジアの一員としての振る舞いが日本には求められるのかなと感じた。

それにしても、以前にも書いたが、国を主語とした書きぶりは読むのがつらいな…。

以上ご紹介した上で、幾つか印象に残った記述をメモしておきたい―――。

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(ASEAN発足の背景について)
ASEAN問題専門家の山影進(東京大学教授)によれば、「アセアンの本質は反共同盟でもなければ経済協力機構でもない。それは何よりも加盟諸国相互の信頼醸成・善隣友好外交のための器であった」(山影進「東南アジアからみた『東亜の構想』」、大沼保昭編『東亜の構想』筑摩書房、135頁) (p.20)

(ASEAN協和宣言について)
1976年2月、ASEAN5カ国首脳がバリ島に集まり、初めての首脳会議を開いた。ここで「東南アジア友好協力条約」(バリ条約)と「ASEAN協和宣言」が調印された。この協和宣言では域内紛争の平和的解決に協力し合うことを約束している。
協和宣言では、「ASEAN共同体」の創設をめざすこともうたわれた。宣言は、互恵的関係を基礎として、民族自決や主権平等、内政不干渉の原則を尊重するASEAN共同体の創設に向けて努力するとしている。共同体の創設が、ASEAN発足10年目の段階で目標となっていることを確認しておきたい。(p.24)
ちなみに、2003年10月のバリ首脳会議で「第2ASEAN協和宣言」が採択され、分野ごとに機能的地域協力を推進して、安全保障共同体、経済共同体、社会・文化共同体の構築を目指すことが確認されている(p.45)。

(ASEANの運営方式について)
ASEANの運営方式は、全会一致内政不干渉という2つの原則に示されている。
全会一致はここでは多数決による決定の反対概念で、みなが同意しない限り、何も決まらないという決定方式である。また、内政不干渉はお互いに加盟国の内政には干渉しないという原則で、実際、ASEANは加盟国の主権を尊重し、加盟国内での政変などに対しても口出しすることを控えてきた。(中略)
 ASEAN問題専門家の山影進(東大教授)はAPEC方式に関連して、「アセアン諸国がなしとげた最大の成果は、多様性に富む国々の間に協力的関係を根付かせる方法を発明したことである」と指摘し、合意形成における特徴として、「合意できることから始める」「合意できないことは後回しにして、あえて早急に交渉・妥協しようとしない」「決裂を極力回避して、継続議題のまま店晒しにする」などをあげている(「東南アジアからみた『東亜の構想』」、『東亜の構想』筑摩書房、141頁)。(pp.140-141)

(日本のアジア認識について)
 天皇崇拝者であった吉田(茂)の主張には、日本はアジアであってアジアではないという脱亜の論理がうかがわれる。アジアであってアジアではないという立場から、日本は後進アジアと先進欧米との橋渡し役をはたすべきであるという主張が生まれる。戦後日本の外交はまさにそうした役割をはたそうとしてきたといえよう。(p.181)

日本にとって、従来は東アジアという枠組みは存在しなかった。存在したのは、アジア太平洋という枠組みだった。米国やオーストラリアなどを加えた枠組みである。それを端的に示したのが、APEC創設へのイニシアチブであり、マハティールのEAEGに対する消極的対応だった。そこにあるのは、米国への配慮であり、米国の影から抜け出せない日本の姿である。
 小泉(純一郎首相)の東アジア拡大共同体構想には、東アジアかアジア太平洋か、という問題をなお引きずっている日本の姿がうかがわれる。あえて言えば、興亜か脱亜か、ということにもつながる。東アジア拡大共同体は、「アジア太平洋」から踏み出そうとしつつも、「東アジア」には踏み切れない中途半端さを物語っているともいえる。(pp.238-239)
――鳩山前首相の「東アジア共同体構想」はそこを踏み込んだということなのだろうか。
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