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ボパール有毒ガス漏洩事故から25年(その2) [インド]


史上最悪の産業災害から25年目の節目の日が近付くにつれ、ボパールでの有毒ガス漏洩事故の被災者への補償問題と今も工場跡地周辺に住む住民の健康リスクに関する記事が紙面を賑わせるようになってきた。Hindustan Times紙は12月2日(水)に幾つかの記事を組んだ。「人々の心に付きまとうもの(The haunting)」と題した1頁ぶち抜きの記事では、事故を起こしたユニオンカーバイドの殺虫剤工場跡地が25年を経て廃れつつある現状と周辺住民が今も抱えるトラウマ、そして今も苦しめられている健康被害を対比させ、住民の心は今も癒えていないことを強調している。

マディアプラデシュ州政府は、11月25日、この工場跡地を一般公開することを発表した。将来的には、ここを11億6,000万ルピーをかけて広島のような記念碑を造る計画もあるという。しかし、周辺住民の間では、この工場跡地は完全に取り壊して化学工場以外の形で自分達に雇用機会を提供してくれるものを作って欲しいとか、こんな悪夢を思い出させるものは取り壊さないといつまでも自分達被害者は公立病院でも公正な扱いを受けられないといった完全取り壊し支持者から、被災して視力を失った今もこの工場跡地近くに留まり、この工場の今を多くの人々に見せて話すことで悲劇から何かを学んでほしいと考える反対論者まで様々な意見があることが窺える。

僕は先週のCNNの報道を引用して、州政府が工場跡地の公開を中止したというニュースを紹介したことがあるが、どうも誤報だったのではないかと思える。米CNNが出所だということを考えれば迂闊だったかもしれない。インドでの報道によれば、11月25日に州政府は一般公開を決めたとある。ラメッシュ環境森林相は、今年9月にこの工場跡地を訪れた際、敷地内の土を手にとり、「ほら、僕はこの土に触っているけどなんともないよ」という能天気なことを述べたらしい。土壌が安全かどうかについては後述する。

Hindustan Times紙のもう1つの特徴的な記事は、『Animal's People』という著書で有名な作家インドラ・シンハ氏による寄稿「毒をもられて閉ざされて(Poisoned and shut)」だ。ボパール有毒ガス災害の被災者への補償を訴える市民活動家でもあるシンハ氏は、何故政府による補償が進まないのかを述べている。前述の記事でも指摘されているが、ガス漏れ発生から72時間以内に亡くなった犠牲者の数は、州政府発表によれば3,787名である。しかし、1994年にボパール国際医療委員会のイングリッド・エッカーマン博士が行なった予測によれば、死者は8,000名以上だという。州政府が被害規模を過小に見積もっている可能性がある。このコラムでは、工場跡地周辺に行くと、子供25人に1人が何らかの身体上の障害を抱えているのがわかると指摘する。全国平均の10倍だ。子供だけではなく、この地域の住民の多くが明らかに健康上の問題を抱えているともいう。工場内には、ユニオンカーバイド社が放置した有毒化学物質が置かれ、25年間の風雪に晒される中で、土壌や地下水に浸透していった。井戸水を飲んだ住民は、胃が焼け、皮膚はただれ、生殖器にも影響が及ぶ。そして健康被害は子供にも引き継がれ、母乳がさらにそれを悪化させる。10年前に環境保護団体グリーンピースが行なった調査によると、周辺地域の土壌と地下水からは発癌レベルの600万倍もの水銀が検出された他、四塩化炭素は基準値の682倍もの濃度で検出されたという。しかも、この四塩化炭素濃度は最近同じ井戸で調査をしたところ、基準値の4880倍にまで汚染度が悪化しているという。

これだけの汚染が検出され、実際に健康被害が今も住民を悩ませているのは明らかなのに、なぜ中央政府も州政府も政治家も動こうとしないのか―――コラムはこの点に切り込んでいる。後に州首相を務めたバブラール・ガウール氏は昔は法律の専門家で、ガス漏洩事故以前から地域住民が訴えていたガス漏れの可能性について会社側との交渉を仲介したことがある。インド人民党(BJP)所属の政治家である彼は、2004年に雑誌の取材に答えて事故当時の国民会議派主導の州政権の対応を批判したが、同年最高裁が行なった被災住民への安全な水供給の命令を、彼の所属するBJP政権は無視した。一時は州首相も務めたガウール氏は、現在の州政権ではガス救済担当相を務めているが、その彼が跡地の一般公開を発表した。前述のラメッシュ環境森林相同様、ガウール救済担当相もマスコミを前に跡地の土に触り、触ったからといって病気にはならないという主張を行なった。ユニオンカーバイド社は1999年にダウ・ケミカル社に買収されたが、ダウ社はBJPに対して巨額の政治献金を行なっているという。BJPだけではない、中央の国民会議派へのダウ社の工作も行なわれているとコラムにはある。
*このコラムの全文は下記URLからダウンロード可能です。
http://www.hindustantimes.com/Poisoned-and-shut/H1-Article1-482020.aspx

12月2日付のHindu紙では、ビディヤ・スブラマニアム解説員が「25年経っても未だ待ち続けなければならない(25 years and still waiting)」と題したコラムを書いている。この記事も、外資系の大企業のように力を持つ者はいつでも政府に対して影響力を行使しようとすると主張して、ユニオンカーバイド社の当時のCEOウォーレン・アンダーソン氏が未だにインド法廷に立たずにいられる理由を論じている。アンダーソン元CEOは、この大量殺戮事件の主犯とされていたが、法廷での審理に出席しなかったため、ボパール最高裁判長によって1992年2月1日に逃亡犯として宣告された。犯罪人引渡し条約を締結している米国に対してインド政府は引渡しを求めたが、この要求は受理されていない。アンダーソン氏は現在でも逃亡者としてインド法廷に手配されている。所在がわからないと言われていた彼の居所を突き止めたのはグリーンピースで、それは2002年のことだ。アンダーソン氏はニューヨーク州内の私有地で豪勢な生活を送っていたという。所在がわかっていても米政府は引渡しに応じていない。当時の大統領は産業界には手厚かったブッシュ氏であった。

コラムでは、米政府の対応だけではなく、アンダーソン氏引渡し問題ではインド政府も無策であると批判的だ。原文をそのまま引用する。
Following an unjust settlement reached between Carbide and the Indian government in 1989 (the Indian government sued the corporation for $3 billion but settled for 15 per cent of the amount), survivors were awarded a lifetime average compensation of Rs.25,000, far below international compensation standards. But even this meagre amount would reach the awardees after long delays, protracted red tape and bribes paid to lawyers, middlemen and touts. Compensation would not reach some survivors until 2005, and till date no compensation has been awarded to those born with disabilities and those drinking contaminated water.
このようにじらされじらされ時間が経過してしまった被害者の間にも諦め気分が漂うようになり、また当時の関係者が88歳のアンダーソン氏も含めて歳を重ねてきてしまうと、追及も難しくなってしまうと警告する。米政府がここに来て高齢を理由にして人道的見地から引渡しに応じない可能性もあり、こうなると事故発生後早い段階で自国政府を動かせなかったのは犠牲者自身の失敗だったとの見方もできるとコラムは辛辣だ。
*このコラムの全文は下記URLからダウンロード可能です。
http://beta.thehindu.com/opinion/op-ed/article58541.ece

さて、最後の記事は12月3日付Hindu紙の第5面にあった「カーバイド社工場の土壌と地下水には慢性的毒性あり(Chronic toxicity in Carbide soil, groundwater: CSE)」(Mahim Pratap Singh記者)という記事だ。冒頭引用したAFPの記事にもある「今週初めに発表された各種研究結果」というのはアドボカシー系NGO兼シンクタンクであるCentre for Science and Environment(CSE)が発表したレポートのことを指すが、このレポートの焦点は慢性的毒性にあり、触って何も起きないから安全だという政府関係者の発言や行為は誤解を招くと警告するものである。また、このレポートのもう1つの特徴として、地下水汚染に関して政府と異なる見解を取っているところにあるという。中央政府は、工場跡地の中には有毒廃棄物は存在しないという立場を取り続けているが、CSEのレポートは工場跡地周辺の居住区から採取した地下水サンプル11本全てにおいて、塩素化クロロベンゼン複合物質と有機塩素殺虫剤による汚染が確認されたという。土壌の汚染も検査で確認された。さらにこの記事では、CSEと同時にサンプル採取を行なった中央汚染コントロール局(Central Pollution Control Board)が検査結果を公表していない点にも言及し、政府は汚染の実態を承知していて公表していないと批判している。
*この記事の全文は下記URLからダウンロード可能です。http://www.hindu.com/2009/12/03/stories/2009120359800500.htm

DownToEarth3.jpg*CSEのレポートは下記URLからダウンロード可能です。
http://www.cseindia.org/AboutUs/press_releases/press-20091201.htm

*CSEの隔週刊誌『Down To Earth』の12月15日号(右写真)のカバーストーリーもボパール化学工場事故関係です。
http://www.downtoearth.org.in/default.htm
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