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インドの医療制度の問題点を概観する [インド]

少し前にアポロ病院をはじめとした都市部の民間病院が政府と約束した貧困層向けの無料診療/治療枠をクリアしていないという話についてブログで紹介したことがある。Hindustan Times紙はそれ以降もこの問題を度々取り上げているが、10月7日付の第11面に「口に苦い錠剤(Bitter pill to swallow)」と題した特集を掲載した(執筆担当Kamayani Singh記者)。論点の整理がしやすい特集記事だったので、ポイントをかいつまんでご紹介しておきたいと思う。

1)PPPの問題①:アポロ病院の問題が発覚した後、デリー高裁が指名したモニタリング委員会が行なった追加調査で、市当局と用地借入合意を締結している38民間病院中22件で貧困層向けクォータの未達成があった。官民パートナーシップ(PPP)によって貧困層にも裨益する公共サービス提供のモデルとして期待されたこのシステムは機能していないことが明らかになった。いかに「社会契約」を結んでも、民間病院は、政府には無料診療を彼らに行わせるのに有効な法的枠組みを持っていないのを知っている。こうしたモデルはデリー以外にも全国的に見られるものであるが、合意事項の順守に関してはどれも非常にさびしいものに留まっている。

2)PPPの問題②:民間病院側の弁明によると、そもそも病院を訪れる貧しい患者自体の数が十分ではない。政府系病院やデリー州政府は貧困層に属する患者を民間病院に紹介することが求められているが、このレファレル制度が機能していない。また、誰が本当に貧しいのかという定義も曖昧である。政府系病院からの紹介状があれば貧困層と見なすのか、自己申告なのか、BPLカード所有者に絞るのか、そのあたりのところははっきりしていない。

3)政府系病院vs民間病院の二者択一?:政府系病院は診療費が安いために大変混雑している。逆に民間病院は混雑はしていないが診療費が高い。このため、貧困層はどちらに行っても受診ができない。

4)プライマリーヘルスセンター(PHC)とその限界:この両者のギャップを埋められるのはPHCである。1つのPHCは人口10万人をカバーし、そこには、手術室、4~6床のベッド、救急車1台、医師を含めて14人の医療従事者が配置されている。PHCは農村部だけではなく都市部にも設置されている。インド全体では23,000センターがあるが、デリーだけでも200のPHCがある。しかし、PHCの多くは資機材が不足しており、医療従事者の配置人数のガイドラインもクリアしていない。PHCさえちゃんと機能していれば、デリーの貧困患者は混雑するAIIMSにもお金がかかるアポロ病院にも行く必要がなくなる。

5)貧困層向け医療保険:1つの可能性は、州政府がスポンサーとなって医療保健制度を導入することだろう。例えばカルナタカ州では、既に300万人の農民をカバーするYeshasvini Cooperative Farmer's Health Care Schemeというのがある。これは、バンガロールのNarayana Hrudayalaya(多分病院名)のデヴィ・シェティ(Devi Shetty)医師が考案したもので、年間120ルピーの掛金で貧しい人々も1,600件の手術を受けることができるというマイクロ保険スキームである。

6)アンドラプラデシュ州モデル:同様に、アンドラプラデシュ州でも2007年4月にRajiv Arogyasriという健康保険制度を導入した。これは2000万人以上の食糧配給受給資格者カード(ration card)保有者に適用されるもので、主要な疾病の治療について年間20万ルピーまでカバーされる。今年1月以降、毎日1,100件の手術がこれによって行なわれており、その総費用3500万ルピーが保険によってカバーされている。こうしたアンドラプラデシュ州のモデルを他州でもどんどん適用していくことで、貧しい世帯の医療サービスへのアクセスが可能となる。

7)医療人材育成:勿論そのためには医師の育成も今まで以上に必要だし、政府系病院の新規建設ももっと行なわれる必要があるし、現行のプライマリーヘルスケアのネットワークを改善していくことも必要である。

最後に、この特集記事と一緒に掲載されていた囲みの中のインド主要データをご紹介しておこう。
◆7億人が、初期診療で何らかの疾病が発見されても専門医の治療を受けることができない状況にある。

◆4億5千万人が自宅の近所に基礎的診療を受けることができる施設を持たない。

◆基礎的医療サービスが受けられないがために、年間100万人が命を落としている。その殆どが女性か子供である。

◆人口1万人当たりの病床数は7床であり、これは世界平均の40床から比較して非常に少ない。

◆インドが2025年までに人口1万人当たりの病床数を20床に引き上げるために必要な175万床の医療施設増と医療従事者育成のための教育施設の拡充に必要な予算規模は3兆7千億ルピー

◆そのためには毎年41,000人の医師を拡充する必要がある。現在は毎年17,000人程度。

南インドは貧困層の割合が減ってミレニアム開発目標(MDGs)も達成可能だから政府系医療機関の整備はもう必要ないという議論があると聞いたことがあるが、全然そんなことはないと思う。医学教育も今後ますます拡充する必要があるし、南インドの場合は疾病構造が人口構成の変化とともに徐々に変わってくるだろうから、今までとは異なる設備や医療知識がもっと求められるようになってくると思う。
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