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『医療立国論』 [読書日記]

医療立国論―崩壊する医療制度に歯止めをかける!

医療立国論―崩壊する医療制度に歯止めをかける!

  • 作者: 大村 昭人
  • 出版社/メーカー: 日刊工業新聞社
  • 発売日: 2007/05
  • メディア: 単行本
 
読み始めてから約2週間、とんでもなく時間をかけてようやく読了した。大した分量でもない本だが、ずっと体調が良くないため、帰宅してもなんとなく読書に集中できないでいる。(ブログはちゃんと書いているじゃないかと言われそうですが、頭の整理ができないので書いていても纏まりに欠ける文章になってしまっているように感じています。)

本の内容が良くないわけではない。単なる問題提起にとどまらず、具体的な改革の方向性についてもしっかり明示している。各々の論点にはそれなりに説得力もあると思う。勿論、改革の方向性が総論では正しいとしても、各論の部分になってくるといろいろ抵抗勢力もあり難しいところもあることは覚悟はしておかねばならない。

しかし、210頁弱の分量で10章から構成され、各章に5~14の節がある。ということは1節がわずか1頁というところもあり、なんとなく論調が細切れになっているような印象がある。講談社現代新書あたりだったらありがちな構成だと思う。新書版を出していない出版社だから四六版になったのだろうが、この本、新書版で出ていたらもっと売れて認知も受けたのではないかと思う。

ここで先ず著者の経歴から紹介しよう。

大村昭人氏は1967年に東京大学医学部を卒業し、約6年間を国内の私立病院や大学付属病院で過ごした後渡米し、1973年ワシントン州立大学麻酔科レジデント、1976年ユタ州立大学麻酔科講師、助教授を歴任し、1979年から帝京大学に移られてからは、ISOの国際会議で日本代表として出席されたりしている。言わば国際経験が豊富で、とりわけ米国の医療事情に精通しておられる。こうした経歴からも、米国をまねた日本政府の医療費削減、市場原理導入等を柱とした医療改革には懐疑的な立場を取っている。うわべだけ欧米をまねたところで改革がうまくいく保証はないというのが著者の主張だ。
アメリカ、イギリス、カナダの3つの国から何を学ぶかというと、不用意に総医療費を抑制して市場原理化を行うと、医療というのは急速に荒廃するということである。そして、一度荒廃すると、これを立て直すにはそれ以前にも増してたくさんのお金と時間が必要になるということである。(p.54)
規制改革・民間開放推進会議は公的医療保険を縮小して民間医療保険で肩代わりすれば医療費の公的負担は減ると主張している。しかし、著者によれば、評価が確立していないような有象無象の様々な医療がプロモートされて、医療費はかえって増えるし、民間保険導入を叫ぶ同会議の提言には、「保険によるミリオンダラー単位の収入を目論む関係者達と、それ以上に利益をあげようとしている企業の意図が見え隠れしている」と主張している。

本書に限らず、このところ読んでいる医療改革批判論調の文献の多くが、1983年に当時厚生省保険局長だった吉村仁氏が発表した論文「医療費をめぐる情勢と対応に関する私の考え方」を引用する。いわゆる「医療費亡国論」というやつで、いつまでも同論にしばられて医療費削減を主張する厚生労働省に反論する意味で、著者は本書に「医療立国論」というタイトルを付けているのである。こうした主張に基づき厚生労働省は極端な医療費抑制政策を取っている。診療報酬が2006年に大幅マイナス改定されたことにより、多くの病院は経営危機に見舞われている。収入が頭打ちなのだから人員を拡充することは難しい。そうすると現有勢力をさらに長時間活用するしかない。先日、別の記事で看護師の過酷な勤務環境について紹介したばかりだが、看護師に限らない。本書の中でも、著者は2007年2月に日本医労連が発表した医師の労働実態調査の中間報告に言及している。
宿直勤務明けも連続して勤務する医師は96%に上り、3割近くが前月の休日をゼロと回答している。しかも前月の時間外労働時間の平均は63.3時間で約3割は、時間外労働手当の請求をしておらず、サービス残業をしていたと言う。女性医師で出産経験のある人のうち、妊娠時の経過が「順調」だった人は43%で、2割以上が切迫流産を経験していた。回答者の9割が「「医師不足を感じる」と答え、医師確保のために必要なこととして「賃金・労働条件の改善」を挙げた人が最も多かった。国立保健医療科学院の調査では勤務医の平均労働時間は週70.6時間、多くの医師にとっては100時間も珍しくなっている。(pp.66-67)
過酷な労働実態である。こんなのでヘトヘトに疲れて仕事していたら、医療過誤なんて起きても不思議はないし、それで訴えられるのも馬鹿馬鹿しいとして開業医に転身する若手の医師が増えても保身上いたしかたのないことのようにも思える。

では著者が主張する改革の方向性とはどのようなものか。先ず基本線として、国民皆保険制度の維持を強調する。
 年金や医療・介護という社会のセイフティネットをきちんと整備することは国民が安心して経済活動や社会活動に専念するために大変重要なことである。これこそ、国家が責任を持って維持していかなければならない重要な分野である。
 (中略)医療や介護の経済への波及効果や雇用創出効果は非常に大きいものがある。医療を負債と考えるのではなく、EUの国々のように医療の色々な分野に積極的に投資することで経済を活性化して、その力で国民皆保険制度を維持してゆくという前向きの発想転換が今こそ求められているのである。
 (p.188)
また、ある程度病院の統廃合を進め、開業医が第1次診療を行なった上で病院を紹介するという形で整理を図ろうとしているように見える厚生労働省の基本的方向性も間違ってはいないとはいう。開業医が地域の高齢者のケアを行なうというのも。

但し、問題は日本の場合こうした改革が欧米の上っ面をなめただけに終わりがちだという点にあると著者は言う。
 欧米では家庭医は一般医と明確に区別されており、十分なトレーニングを受けていて、専門医が行う領域の基本的診療は確実にこなすだけではなく、いつ専門医にゆだねるかの判断も正確に行うことができる。従って患者さん側にも信頼感がある。こうした専門家庭医の制度がなく、また一定レベル以上の医療が保証される標準化が不十分な日本で、欧米の表面だけを真似て「かかりつけ医制度」を導入することには問題がある。医療提供施設と医師個人の診療レベルの両方を標準化するためには卒後研修制度、医療提供体制などを総合的にオーバーホールするプランがどうしても必要である。全体的な視点なくして個々の問題だけに手をつけるマイクロマネージは百害あって一利なしである。(p.190)

急速に高齢化が進み、2020年代には高齢化率が30%前後に達し、かつ外科医を中心に今よりも不足する医師、少子化を加速させる要因ともなり得る産科・小児科病院の閉鎖、それらを考えると、日本は医療改革で医療立国を目指し、国民を幸せにしていこうという著者の主張にはおおいに賛同する。本書で述べられた提言はいずれも説得的だが、実際の改革の実行になると各論部分では相当に難しいものが出てきそうだ。①保険者の再編統合により医療を支える資源を拡大する、②特別会計の抜本的改革、③企業の社会的責任を欧米並みにする、④消費税アップ、⑤改正薬事法の見直し等は、わかっちゃいるけど変えられないというものが多いように感じる。

そこに政治家のリーダーシップが求められる強い理由がある。大ナタを振るえるのは政治家しかいない。こういうことに真剣に向き合ってくれる政治家を選びたいものだ。
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