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『とんび』 [重松清]

とんび

とんび

  • 作者: 重松 清
  • 出版社/メーカー: 角川グループパブリッシング
  • 発売日: 2008/10/31
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
つらいときは、ここに帰ってくればいい。昭和37年、ヤスさん28歳の秋、長男アキラが生まれた。愛妻・美佐子さんと、我が子の成長を見守る日々は、幼い頃に親と離別したヤスさんにとって、ようやく手に入れた「家族」のぬくもりだった。しかし、その幸福は、突然の悲劇によって打ち砕かれてしまう―。我が子の幸せだけを願いながら悪戦苦闘する父親の、喜びと哀しみを丹念に描き上げた、重松清渾身の長編小説。
久々の重松長編作品を読んだ。ヤスさんの不器用さとアキラの素直さはどちらもそんなのあり得ないだろうと思いつつも、それでもかなり感動させられた作品だった。それは最近の僕の日常生活を送る上での問題意識と重なるところが多かったからだと思う。僕の問題意識については別の記事で改めて書かせていただくつもりであるが、ヤスさんとアキラの関係が父と僕の関係と時代が見事に符合するため共感するところが多かったということもあるだろうと思う。(…ていうか、元々重松作品を読みまくっている僕が重松作品を通じて今の問題意識を形成してきているというところもあるので、新作を読んで感動したと言ったらそりゃ当り前だろうということにもなるが。)

そこで幾つかの引用を挙げておきたい。
「アキラは、ものごころついた頃にはおふくろがおりませんでしたけん、しつけの足りんところもあると思います。ほいでも、みんなに育ててもろうたんです」
「お父さんの男手一つだったんですよねぇ」
 編集長が言うと、ヤスさんは「一つと違います」と首を横に振った。「手はなんぼでもありました。ただ親とは違うというだけで、アキラを育ててくれる手は、ぎょうさんあったんです。ほんまに、ぎょうさん、ぎょうさん、あったんです」
(ヤスさんがアキラの就職先の出版社を訪ねて編集長と面談するシーン)
ヤスさんを取り巻く登場人物がとてもいい味を出していて、それぞれが主役級の働きをしているのが印象的。こういう口は悪くても心は優しい人々の、ちょっとお節介なところに支えられながら、アキラは育つ。「地域」というにはちょっと狭いが、昔は隣り近所とこんな人間関係があったと思うし、会社の中でももっと濃厚で愛情に満ちた人間関係があったような気がする。なにしろ昔の企業はたいていが中小企業で、職場の規模も小さかったから、社員の冠婚葬祭や喜怒哀楽がそのまま職場の人々と繋がっていたと思う。今や大企業が安定的な就職先として親が子供に志望してほしいと願っているが、どこに異動させられるかもわからず、ともすれば合併や組織統合も伴うような大きな組織の中では、こういうウェットな人間関係の中で人を育むという意識はなかなか生まれにくいと思う。
「わしは備後に住む。あの家で、これからもずうっと、ずうっと暮らすけん」
「…なんで?」
「わしが備後におらんと、おまえらの逃げて帰る場所がなかろうが」
「逃げるってそんな…」
「ケツまくって逃げる場所がないといけんのよ、人間には。錦を飾らんでもええ、そげなことせんでええ。調子のええときには忘れときゃええ、ほいでも、つらいことがあったら思いだせや。最後の最後に帰るところがあるんじゃ思うたら、ちょっとは元気が出るじゃろう、踏ん張れるじゃろうが」
 閉じたまぶたの中で、照雲が笑っている。たえ子さんが笑っている。会社の若い衆が笑っている。そして、美佐子さんが、優しく何度もうなずいてくれていた。
(息子のアキラから東京で一緒に住もうと誘われた際の会話)
これも野暮だがとても心に浸みる言葉である。自分にとって故郷とはどういうところなのか、今まで漠然としてしか考えてこなかったが、確かにこういうものかもしれないと理解できた。
「一つだけ言うとく。健介のことも、生まれてくる赤ん坊のことも、幸せにしてやるやら思わんでええど。親はそげん偉うない。ちいとばかり早く生まれて、ちいとばかり背負うものが多い、それだけの違いじゃ。子育てで間違えたことはなんぼでもある。悔やんどることも言いだしたらきりがない。ほいでも、アキラはようまっすぐ育ってくれた。おまえが、自分の力で、まっすぐに育ったんじゃ
 健介の寝顔に目を戻し、息を大きくついた。よし、よし、とまた二度うなずいた。
「親が子どもにしてやらんといけんことは、たった一つしかありゃせんのよ」
「…なに?」
「子どもに寂しい思いをさせるな」
 海になれ。
 遠い昔、海雲和尚に言われたのだ。
 子どもの悲しさを呑み込み、子どもお寂しさを呑み込む、海になれ。
 なれたのかどうかはわからない。それでも、その言葉を忘れたことはない。
(2人目の孫ができるのを契機に一緒に住まないかとの誘いに対するヤスさんの言葉)
親が2人がかりで子供を怒っちゃいけないなと改めて思った次第。今でも時々やってしまうのだが、片方が怒鳴ったらもう片方は救いの手を差し伸べるとか、どこかで子供の逃げ道をちゃんと作っておかないといけないですね。

重松作品のお決まりのパターンとして死別のシーンはどうしても出てくるが、今回はそこで泣かせるような描き方ではない。また、これまでいろいろと読んできて今になって気付いたことが1つある。どうもこの人の作品には読んでて「自分はどうするか」という実践の部分になかなか繋げて考えることが難しいものが実は多かったが、『とんび』については読んで自分がどうすべきか、具体的にイメージできる作品だったと思う。世の中のお父さんにはお薦めの作品である。
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うしこ

某サイトでちらりと紹介されていて、読もうかどうしようか迷っていましたが
Sanchai さんの記事を読んで、Kindle 版をダウンロードしました。
今から読みます!楽しみです。
by うしこ (2013-01-26 10:06) 

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