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『よくわかるマイクロファイナンス』 [読書日記]

microfinance.jpg三井久明・鳥海直子編著
『よくわかるマイクロファイナンス
―新たな貧困削減モデルへの挑戦』

2008年6月、(財)国際開発センター


この執筆に関わっていた方と昔一緒に仕事をしたことがあったため、その方が7月に贈って下さったものである。マイクロファイナンス(以下MF)について詰め込み勉強をする必要が出てきたので、手元にある本の中で読んでいないものについて片っ端から目を通しているところだ。

この本、ISBNがなく市販されている出版物ではない。でも2000年以降のマイクロファイナンス・セクターの変遷を踏まえたMFの入門書として、市販されたとしたらかなり参考になる本だと思う。
⇒本書を発行した国際開発センター(IDCJ)のサイトはこちらから!

理由は幾つかある。

第1に、グラミン銀行とユヌス総裁がノーベル平和賞を受賞して以降、MFというとグラミン方式の小口貸付を指すという傾向がさらに強まったように思うが、貧困層が必要としているのが貸付資金であるわけではなく、預金や為替送金も含めて小口でも扱ってくれる金融サービス全般である。これを踏まえてMFの解説書を書くのは非常に難しく、ややもすると記述が貸付に偏ってしまう罠に陥りやすいが、本書はそれをうまく克服してバランスの取れた内容となっている。

第2に、情報源としてCGAP(Consultative Group for Alleviation of Poverty)から引用しているものが多く、MFを巡る国際潮流を踏まえた記述となっている。具体例としては後述するが、公的援助機関がMF支援を行なう際の留意点が幾つか述べられているように思う。MFセクターが援助機関や政府の資金注入に頼っているだけではセクターとして持続的に発展していく余地は非常に限られており、本当に発展するにはセクター内での貯蓄動員や民間資金がセクターに流入してくる仕組み作りが必要という主張はもっともだと思う。

第3に、個々のMF金融機関(MFI)へのフォーカスだけではなく、そうしたマクロのMFセクターの拡大に向けた課題を説明しているところはとてもわかりやすい。執筆者がこれまでにコンサルタントとして調査等で関わった国々のMFIを個別に事例紹介しているだけではなく、また当該国のセクター概況も紹介している。そうした事例を独立した章として紹介するのはたやすいが、本書はそれを各章の末尾に資料として配置し、各章の本文の中で分析の枠組みをしっかり提示しているので、枠組みを理解した後で個別事例に入っていきやすい。(欲を言えばインドのMFに関する記述があると個人的にはとても嬉しかったが、それは執筆者の方々がこれまで別の調査で関わった国々で少しずつ情報収集してきた成果であろうから、「インドについても書いて下さい」というのは無いものねだりだろう。)

第4に、インドの概況を見ても2000年以降の大きな潮流の1つが民間資金の流入であることは言うまでもないが、本書でも第5章として「ビジネスとして進化するマイクロファイナンス」を挙げ、この潮流をしっかり捉えて紹介されている。加えて、モバイルバンキングや支店なしバンキング(branchless banking)といった最新の動向にも言及がある。このあたりは少し前に紹介した『Indian Microfinance』でも扱うと膨大な記述になるというので著者が割愛してしまった部分であり、果敢にもそれらへの言及を試みたというところに入門書を作ろうという編者の意欲を感じる。

2年ほど前に国際協力機構(JICA)と国際協力銀行(JBIC)の円借款部門の統合が決定した頃、「これでJICAはMFの支援ができるようになる」という論調の新聞解説を見かけたことがあるが、そうした意見には僕は疑問も感じていた。本書には僕の考えをサポートしてくれるようなこんな言及がある。
「マイクロファイナンス事業を振興する上での政府の役割は、いわゆる『適切な事業環境(enabling environment)』を創出することに限定されるべきである。政府機関が直接的、間接的に貸付業務を行うのは望ましくない。(中略)低利優遇貸付よりも、持続的に資金アクセスを得られることがよほど重要である。政治的に金利を低く設定すると、他のマイクロファイナンス事業が成り立たなくなり、事業の持続性が失われる。事業が終了してしまえば、農村部の住民はふたたび貸金業者からの高利の貸付に頼らざるを得ない。ドナー事業の中にも、持続性を考えないで、特定の地域に突然入ってきて、技術協力とともに低利融資を3年から5年くらい行い、事業が終了すると“ぱっと”引き上げてゆくようなものがある。マイクロファイナンス事業としての持続性は全く無い。ただ旗を立てることが目的のようなマイクロファイナンス事業は実施しないでほしい。」(p.27)

ドナーや政府から容易に資金調達できることにより、マイクロファイナンス事業者は国内外の民間金融市場から資金調達することのインセンティブが無くなる。(p.27)

(ドナーや政府から資金拠出を受けた)卸売基金から貸付資金が供給されてくる状況では、マイクロファイナンス事業者は、貧困層からの貯蓄を積極的に集め、これを貸付原資にする必要はない。あえて銀行のライセンスを取得して、不特定多数の個人から預金を集めようとするインセンティブは低くなる。(p.28)

 ドナーの事業の中には農業、農村開発、教育、保健医療、ジェンダーといった分野の総合的な援助プロジェクトの1つのコンポーネントとしてマイクロファイナンス事業を組み合わせているものがある。この場合、小口貸付対象として特定の集団を設定しているケースが多い。こうしたプロジェクトは、技術面の協力だけではプロジェクト目標を達成することが困難であり、受益者層の収入創出活動等を資金面で支援するために、小口資金の貸付が不可欠であるという考え方に基づいて形成されている。こうした総合的支援プロジェクトの中に小口貸付事業が組み込まれていると、金融事業としては持続性に欠け、当初に想定した結果を生むことなく事業が終了してしまうことが多い。(中略)
 まず、大きな援助プロジェクトの一部として小口貸付事業が位置づけられている場合、必ずしも金融的専門性を持たないスタッフが小口貸付事業の担当者として任命され、事業の制度設計にあたることが少なくない。(中略)
 さらに、技術協力目標の達成と、小口貸付事業の持続性の確保という二つの課題は、常に両立するとは限らず、両者が複雑に錯綜する可能性がある。例えば、技術協力の成果発現に予想外の時間がかかり、成果が出ていないうちに貸付の返済期限がおとずれた場合はどう対処するのか。技術協力のテーマ以外に貸付資金を利用する希望を、借入人が表明した場合どう対応するのか。ドナーの技術指導に忠実に従って収入創出事業に着手し、何らかの理由でそれが失敗した場合、借入人の返済責任はどうなるのか。事業を実施する上で、こうした問題は限りなく発生する。このような状況下で、ドナー側が借入人に厳格に返済を求めるケースは少なく、えてして返済への規律が弱くなりがちである。(中略)ドナーの援助プロジェクトの終了とともに、貸付資金も枯渇する。結局、限定された地域の限られた数の受益者が何らかの利益を享受しただけで、インパクトも小さいままでプロジェクトが終了することになる。その後、住民は再び貸金業者のもとを訪れ、高利での借入を求めることになる。 (pp.28-29)


貸付資金の不足は、マイクロファイナンス事業の拡大を妨げる最大の要因ではない。そもそも、国内外の民間金融市場では膨大な資金が取引されているし、国内の貧困層の貯蓄も大きな資金源となりうる。規模が小さく将来が不確実なドナーや政府の資金に依存するよりも、民間金融市場から資金調達したり、貯蓄を動員して貸付資金に充てる方がよほど将来確実である。(p.160)(中略)そのためには、マイクロファイナンス事業者を対象とした適切な規制と監督システムを設けること、そして事業者が規制を遵守した経営を維持し財務的健全性を保つことが重要である。(p.164)

援助国・機関等ドナーからの資金の一部がだぶつくという皮肉な現象が生じている。(中略)これらの資金は、財務的にも健全で持続性のある、優良なかつ著名なマイクロファイナンス事業者、換言すると自前でも資金調達できる少数のマイクロファイナンス事業者に集中する傾向がある。そのため、ドナーの審査には通らないが、潜在力が大きいマイクロファイナンス事業者には、なかなか資金が提供されない。その結果、一部の事業者に集中したドナー資金はむしろ供給過多となり、資金が余る減少が生じている。(中略)多くのマイクロファイナンス事業者は、まず組織能力を強化し人材を育成することで、外部からの資金調達をしやすくする必要がある。そのため、トレーニングや技術協力に対する需要の方が、貸付原資に対する需要よりも高い場合が多い。しかし、技術協力やトレーニングのために供与されるドナー資金は十分ではなく、多くのマイクロファイナンス事業者が技術協力を受けることは難しい。(pp.181-182)
こうした本書の指摘を見ていると、JICAが円借款事業を扱えるようになったからMF支援ができるようになったと考えるのではなく、元々の技術協力事業のスコープの中にMF支援が入っていなかったことの方が実は問題だったのではないかとすら思える。マスコミが論じているように新しいJICAならMF支援ができるというのであれば、JICAは金融的専門性を持ったスタッフを独自に育成したり外部調達できるメカニズムを作ったりして、途上国のMFセクターの制度・政策の枠組み形成に関わっていけるようにすることの方がよほど重要ではないのかという気がする。

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コメント 2

LIP

はじめまして。
この度、当記事を「今週のマイクロファイナンス情報」というタイトルで私たちのブログでご紹介させていただきました。

「LIVING IN PEACE - マイクロファイナンスの新地平」
http://d.hatena.ne.jp/microfinance/20081122

また、11月28日には東京でマイクロファイナンス・フォーラムを実施いたします。
http://d.hatena.ne.jp/microfinance/20081113

よろしくお願いいたします!
by LIP (2008-11-24 12:09) 

Sanchai

LIPさん、コメント書き込みどうもありがとうございました。
「はじめまして」と書かれていますが、実際は二度目ですヨ。
by Sanchai (2008-11-24 22:57) 

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