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『福祉コミュニティ論』 [読書日記]

福祉コミュニティ論 (新シリーズ社会学)

福祉コミュニティ論 (新シリーズ社会学)

  • 作者: 奥田 道大・和田清美編著
  • 出版社/メーカー: 学文社
  • 発売日: 2003/04
  • メディア: 単行本
内容(「MARC」データベースより)
福祉コミュニティに関する構想と現実を、事例調査を中心にまとめる。都市化社会のコミュニティの核心に触れ、21世紀型社会につながる問題群を地域課題として現に受け止めている先駆的な事例を示す。93年刊の第2版。
これが多分2008年最後のエントリーとなるであろう。その締めくくりにある意味ふさわしく、そして新年に向けた僕の思いを乗せるにふさわしい1冊だと思う。

元々本書は1989年から91年にかけて東京都社会福祉協議会が設けた「福祉コミュニティ構想」研究委員会が、福祉コミュニティの構図と現実を明らかにしようとして行なった現地調査に基づいたものである。「福祉コミュニティ」という言葉の定義に通説があるのかどうかは社会学に通じていない僕にはよくわからないが、言いたいことはなんとなくはわかる。現地調査は当然ながら大都市・東京が直面する都市化、高齢化、国際化といった21世紀型社会に繋がる問題の数々を既に地域の課題として受け止めている先駆的な事例をカバーしており、非常に参考になる事例集でもある。元々の初刊執筆時期が古いので、その事例の記述にも若干の古さが伴うが、それがかえって今のインドの高齢化を考える上でも参考となる視座を提供してくれているようにも思える。

1.問題意識
本書を読もうと思った直接的なきっかけは、2月のケララでの発表で、京都市上京区春日学区住民福祉協議会の地域福祉活動について言及しようと考えたからである。実際に訪ねたこともないところについてそれでも触れたいと考えたのは、この春日学区の取組みはNHKの『難問解決!ご近所の底力』でも紹介されたことがあるからだ(2004年4月22日放送分)。春日学区の取組みは切り口としていろいろな説明の仕方が可能だと思うが、僕自身が最も心を打たれたのは、①「元気なお年寄りが体の不自由なお年寄りを助ける」というモデルであることと、②閉じこもりがちなお年寄りに対して何かと世話を焼いて繋がりを絶やさないように心がけているところと、③最初から枠組みを決めてやってきたのではなく、1970年代前半から長い時間をかけて地域の行政や学校も巻き込んできたとうモデルとしての自律発展性であった。

ところが、テレビの番組で1回見たきりでは、その概要についてちゃんと確証を持って語ることなど難しい。そこで、こういう地域福祉の好事例は既に誰かが調査して結果を文章化しているに違いないと思い、グーグルで検索をかけていったところ、本書に行き着いたというわけである。欲を言えば春日学区についてもう少し扱って欲しかったがそれだけではなく、春日学区に匹敵するような住民活動が全国の大都市圏ではかなり見られるというのがわかったというのは嬉しい誤算であった。

2.要約
本書の付加価値は第Ⅱ部の事例集にあるといっても過言ではないが、その部分の要約は省略するとして、概論部分でもかなり示唆に富んでいる箇所があったのでマークしておきたい。
1)社会学の中でコミュニティ研究が社会福祉分野とも交差するかたちで拡がりを見せたのは1960年代の高度成長期を挟んだ70年代以降である。特に大都市地域をはじめとして全国各地のコミュニティ形成・まちづくり運動の経験に学ぶなかで、コミュニティ研究の現実化が図られた。福祉コミュニティの構想と現実を考察する社会学者は、コミュニティ形成やまちづくりを「地域的生活福祉を住民の愛情と知恵と力で作り上げ」、「住民一人ひとりの成長、「気づく主体」から「築く主体」への成長にたえず回帰しながら、地域生活のあり方を根本的に問いなおし、歴史上もこれまでになかった生活関係の質を作り上げる」プロセスと見ている。これを言いかえると、①人と人との基本的な結びつきの維持と(再)構築、②地域生活の新しい質に気づき、それをよりよい姿に変えていくこと、の2点に集約できる。

2)本書が東京の大都市地域を中心としたのは、都市化、国際化の大きな流れにあって大都市地域の変貌過程が著しく、従って福祉コミュニティの可能性と条件を大都市地域に求めることが喫緊の課題であるからである。大都市地域は大きくは①郊外周辺地域、②中心地域(都心、都心外周の伝統的な下町)とに分かれる。

3)郊外周辺地域は、1960年代から70年代にかけて、地域生活に根差す各種の「作為要求型」そして「作為阻止型」の住民活動・運動の発祥地となり、これを担ったのが新住民のホワイトカラー層であった。(ホワイトカラーは地域の問題に無関心であったわけではないというのがわかった。)しかし、その後の郊外周辺地域自体の変貌の中で、住民活動・運動の舞台や主役は交替していくようになる。1980年代以降、会社人間だった男性層が定年期を迎え、「地域社会型人間」「全日制市民」への転換が促されている。こうした定年男性層の役割転換は決して容易ではないものの、キッカケさえ与えられれば、地域社会の各場面に顔を出し、プロジェクトの一翼を担うようになりえる。これまで家庭主婦と青年を中心としていたボランティア活動に定年男性層が加わることで、ボランティア活動の幅が広がったケースも多い。また、21世紀を見通すと、福祉コミュニティの諸活動・運動の担い手には、「郊外生まれ、郊外育ち」の郊外二世も台頭してきている。

4)大都市中心地域では、1960年代の高度成長期以降、人口急増の新郊外とひきかえに、人口(夜間人口)減少の一途を辿っている。人口減少は、地域の高齢化率の高さ、町内会等の地域管理能力の弱体化、「町」の界隈性の喪失その他の症候群を伴っている。地域の衰退化、放棄化が起きている。家族形成期の若手世代が少なく、地元の学校の空室化も著しい。一人暮らし高齢者を在宅訪問する地元ボランティアの年齢自体も高齢化し、地域住民組織としての町内会についても、居住会員の減少とあわせて、町内会役員層の高齢化と地域を切りまわす足腰の弱さが指摘されるようになってきている。こうした足腰の弱さは、町内会を下支えとして行政との媒介、中間組織としての機能を果たしてきた地区社会福祉協議会にとってもその存立基盤に関わる問題であるが、中には社協自らがイニシアチブを取り、町内会やその関連組織の補助機能を果たしているケースも見られる。特に、関西大都市圏では、地域福祉にかかわる町内会と社協と地区行政との相互連携が、地区の事情に応じてよく図られているケースが多く、町内会と社協と行政が三位一体となって町内全体があたかも高齢者福祉の施設のようにシステム化されている。社協自身が、住民組織と行政組織との間にあって、一種の調整機能、統治能力(ガバナリビリティ)を果たしている。

5)東京の住商工混合の中心地域では、地区衰退の空洞を埋める形で、1980年代中後期以降、アジア系外国人を受けて入れている。こうした新規参入のアジア系外国人の定住化が進む中で、アジア系外国人と地元住民との間で相互の折り合い、住み合いの促進に努めている地域の例もある。そこでは、新規参入組は20~30代前半の生産年齢人口であり、地域の高齢化対策には貢献しているとも言える。外国人居住者が、受け入れた地域にとって、重要な人的資源、財産であるとの考え方に基づいている。こうした外国人居住者、労働者と行政組織の間にあり、居住者・労働者の弁護人的役割を果たしているのも、ボランティア組織としての民間組織である。

6)地域の条件ということでは、大都市地域自体、高齢社会を迎える中で、高齢化問題が既に狭義の福祉問題ではなく、地域問題そのものに拡がっている。従って、公的介助を受ける「高齢者」自体が、シニア市民として地域に部分的に役割を果たすという側面も期待されている。また福祉コミュニティの多様な役割を担うには、これまでの市民活動・運動では「裏方」を務めた団塊世代女性が、地域の表舞台に登場してきていることも見逃せない。

7)本書初刊発刊から10年以上経過した現在の社会経済状況の変化と地域福祉の新たな課題としては以下の点が挙げられる。
①少子高齢化が進展し、高齢化に伴う在宅介護支援だけではなく、新たに少子化に伴う子育て支援が地域の大きな課題として認識されるようになった。
②急速な少子高齢化とともに、家族規模の縮小傾向が著しく、子育てや高齢者介護のベースとなる家族基盤が弱体化してきたことや、それを背景に1990年代以降、児童虐待、高齢者虐待、ドメスティック・バイオレンスといった新たな家族問題が顕在化してきた。
③外国人居住者は引き続き増加傾向にあり、長期滞在化、加齢化、既婚化、子供のいる外国人の増加等が確実に進んでいる。
④低経済成長期に移行し、企業倒産やリストラによって雇用不安が増大している。これに伴い、ホームレスの増加が顕著となり、新たな貧困問題とも言える現象が大都市を中心に顕在化してきている。

8)これに対して、住民・市民組織と活動も大きな広がりを見せている。そのきっかけは阪神淡路大震災にあるとする見方が一般的である。1998年にはNPO法が施行され、ボランティア団体やNPOの社会的認知が高まり、契約行為等の実施に支障が出ないような制約要因の打破が図られるとともに、各自治体とも市民活動支援策を展開していったが、やがて育成・支援の段階から、ボランティア・市民活動を行政のパートナーとして位置付け、事業への参画・協働が強調される段階へと移ってきている。

9)法制面では、社会福祉分野においては、「福祉八法」の改正(1990年)、「児童福祉法」等の一部改正(1997年)、「介護保険法」の制定(1997年制定)、「社会福祉の増進のための社会福祉事業法等の一部を改正する等の法律」(2000年)等が進められてきた。2000年の改正で「社会福祉事業法」から「社会福祉法」に名称変更された法律は、第4条で「地域福祉の増進」を謳い、そのための方策として、第107条にて「市町村地域福祉計画及び都道府県地域福祉支援計画の策定」が定められている。この「地域福祉計画」の策定は各々の地域の事情を十分反映した独自の地域福祉活動の設計を可能とする画期的なものといえるが、この過程で、社会福祉協議会の役割が改めて問われている。福祉コミュニティの構想の基本理念は、「下からの制度設計」「草の根からの制度設計」である。従って、市町村が纏める地域福祉計画も、このような福祉コミュニティの視点から策定されることが求められ、その策定の過程で社協が主導的役割を担うことが期待されている。

3.所感
先に『介護白書』を読んでいて、物足りなさを感じたのがこうしたボランティア団体やNPOの活動に関する言及の少なさだった。介護保険制度とそれに基づく介護サービス事業者の増加はそれはそれで重要だと思うのだが、高齢者の社会への参加というところでは「介護」を通じたものの見方が何となく「受け身的な高齢者」の姿しか描いていないような気がする。80歳を過ぎたお年寄りであっても、まだまだ積極的に地域社会に関わろうとする方もいらっしゃるであろうし、そうした関与がおっくうになっていくと加速度的に地域社会やそこで住む人々との繋がりが薄れていく可能性が高い。そうすると余計に老いが進行する。独居老人の孤独死のような問題もそこから起きてくる。だから、80歳以上の超高齢者の問題を語るには、介護と医療の問題だけではなく、地域社会への参加という側面も必要ではないかと考える。

こうした枠組みに加えて、アクターの多様性にも気付かされる。介護であれば介護サービス事業者、医療であれば病院・クリニック等の医療機関等が挙げられるが、これに加えてボランティア団体やNPOによる地域福祉支援活動への貢献も挙げる必要がある。また、地域の社会福祉協議会のような中間組織も。

大都市圏を取っても中心部と郊外周辺地域とでは直面する問題が異なる中で、地域住民の福祉向上はある程度狭い地域の中で考えていく必要があるが、インドの現状を考えた場合、州政府よりも下層の行政機構が著しく弱くてそういう体制になっていないように思える。そうした基本計画を策定する必要性を述べている基本文書も思い当たらない。加えてアクターの問題。介護サービス事業者は限られた都市部の限られた住民の間にしか存在しないし、医療機関のサービスは私立なら費用が高くて社会的弱者の利用には向かない。住民の福祉向上を考えられそうな住民組織は少ない。NGOはあるが、以前も述べた通り、地域住民の福祉向上のためというよりはその組織自体の存続のために活動しているようなところが目立つような気がするし、元々80歳以上の超高齢者の介護を主目的にしたNGOというのはそれほど多くはないだろう。

ただ、困っている人がいれば自然と助ける人も周りには現れるし、そこまで考えなくても先ずは家族内でのケアというのが中心を担っているということがあるのだろう。インドでは多くの識者が「複数世代大家族制(Joint Famiy System)」をポジティブに評価しているが、確かに今はそうなのだろう。

実際に発表する際はそこまでインドの実態を踏まえた話はせず、むしろ日本の概況を簡潔に整理して話したいと思っている。それに先述の春日学区をどう絡めるのかという問題もあるが、もう1つピースが欠けている気がする。大都市圏の高齢化の問題への取組み事例は多く集めたが、高齢化は農村部での問題でもあると思う。農村部での超高齢者のケア問題で日本の取組み事例としてはどのようなものがあるのだろうか。(ぱっと思いつくのは徳島県上勝町の「いろどり」ぐらいであるが…)

今年もお世話になりました。
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