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『ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読』 [読書日記]

ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読 (岩波現代文庫)

ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読 (岩波現代文庫)

  • 作者: 多木 浩二
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2000/06/16
  • メディア: 文庫
内容(「BOOK」データベースより)
「複製技術時代の芸術作品」はベンヤミンの著作のなかでもっともよく知られ、ポストモダン論の嚆矢とも言われてきた。礼拝される対象から展示されるものとなり、複製技術によって大衆にさらされるようになった芸術。アウラなき世界で芸術は可能なのか。近代に訪れた決定的な知覚の変容から歴史認識の方法を探る挑戦的読解。
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そもそも、僕らが働く業界ではアートやメディアに関する知見が求められるのはごく一部の限られた領域に過ぎないのだけれど、SDGsの時代になってきて、アートやメディア側から「持続可能な開発(サステナビリティ)」への問いかけが増えてきているのに、元々「持続可能な開発」に取り組んできた筈の自分の業界に、どのようにしたらアーティストと協働できるのか、心の準備がなかなかできていない気がする。この点は僕は自分のブログでもごくたまに言及してきた論点なのだが、かく言う僕自身が芸術論やメディア論に造詣があるかというと、さほどでもない。

これじゃいかんな~と思いつつ、時々このような文献に手を伸ばし、そして見事に玉砕するというのを繰り返している気がする。ヴァルター・ベンヤミンの著作を直接読めるのと、その前にその著作の倍以上もある評論を一緒に読めるというお得感で、ついつい読み始めたのだが、評論・解説の方もかなり難しかった。芸術史を勉強しているような人々には当たり前のことも、僕のような門外漢には初出であり、一瞬たりとも気を抜かずに1節当たり約4~6ページの分量を精読するのは容易ではない。

そもそも「アウラ」という言葉自体が、アーティストの間では当たり前の言葉になっているのかと思われる。ちょっと調べたら「オーラ」として日本では知られている言葉らしく、それを伝統的な芸術作品の特質をしるしづけるためにベンヤミンが初めて用いた概念が「アウラ」らしい。

それで、本論考の中でベンヤミンが論じているのは、いま・ここに原理的に拘束されることのない、写真や映画といった複製技術を基盤にする芸術形式は、アウラをもたないということらしい。

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