『ハート形の雲』 [読書日記]
内容紹介【市立図書館】
「アノ家は貧乏だからよ。貧乏すぎるからよ」――順風満帆かと思われた東大卒官僚との縁談に対する、「鬼婆」と言われた母からの反対。箱入りで育てられた家を飛び出した恵美子の運命は。
昭和30年代、浅草。「株式会社菱川」の令嬢・恵美子は子どもの頃から何一つ不自由なく生活していた。「鬼婆」のように厳しかった母親は恵美子の尊敬する兄にいつも辛くあたっていた。そんな恵美子も年ごろになり兄の友人からプロポーズされるが、母に猛反対されてしまう。果たして恵美子の運命は!?そして、実家の会社から造反し独立した兄・貞夫を待つのは成功なのか、破滅なのか……。時代を駆け抜けた家族の息遣いを生々しく描く、芥川賞作家渾身の一作。
先週末市立図書館で新しく借りる本を物色していて、小説を1作品だけチョイ足ししようと思いながら、小説の棚を見て目にとまったのが高橋三千綱の棚であった。タイトルから内容は想像できないので、適当に手に取った。
高橋は2021年8月に鬼籍に入っている。2019年3月発刊の本作品は、かなり晩年の作品ということになる。また、この兄妹が築き、守り上げてきた「染めQ」という会社は実存するし、そこの代表取締役社長は菱木貞夫さんという方である。作品中で兄の貞夫が開発に取り組んだ「ミッチャクロン」や「パテ」は、現在、染めQテクノロジイ社の取扱い製品の中にそのままズバリで含まれている。「菱木」を「菱川」に変えるなどの加工はあったようだが、大半は実話なのではないかと思う。
作品誕生の背景までは知らないけれど、菱木社長の妹さんあたりに口述してもらった菱木家のライフヒストリーをもとに、高橋が小説化したのかなと思う。妹さんの口述を筆記したのだと思うと、最初から最後まで「世間知らず」と謙遜しつつ、対比的に兄や周囲の人々の凄さを際立たせる描き方になっているのも納得がいく。
ただ、正直実母の描かれ方が可哀そうな気もした。結局分かり合えないまま、母も娘も鬼籍に入られたのかと思うと、なんだかやるせないものがある。何が母をここまで頑なな性格にしたのか、なぜ父はそれを許していたのか、娘が世間知らずに育ってしまったのが自分の育て方のせいだとなぜ一度も思わなかったのか等、この母親に関しては首をかしげる部分が大きかった。最後に和解のシーンでもあればスッキリした読後感を得られたのかもしれないが、バブル崩壊からいきなり最終章は2018年に飛んでいて、その間を相当端折っているので、何があったのかがあまりよくわからなかった。
何か感動を得られたのかといえば、どうなのだろうか。こういう、ある会社の激動の歴史を身近な第三者の視点で、わかっていないところも相当含めて静かに描くのは手法としてはありだと思うが、当事者だった社長の視点でその壮絶な苦闘の歴史を描いた方が社史としてなら迫力があるだろう。それを家族史として読むとなると、ちょっと迫力には欠ける気がする。
本業から離れて不動産で失敗する―――当時の典型的な失敗パターンだったと思うが、そういうのが抑え目な口調で冷静に語られるのは、参考にはなる。
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