『世界から感謝の手紙が届く会社』 [読書日記]
世界から感謝の手紙が届く会社―中村ブレイスの挑戦 (新潮文庫)
- 作者: 望, 千葉
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2010/11/29
- メディア: 文庫
内容紹介【N市立図書館】
世界遺産「石見銀山」の町、島根県大田市大森町。その製品を作る人も使う人も幸せにする会社、中村ブレイスは、この山中の町にある。義足や人工乳房などを作る同社が目指すのは、「欠けた体の一部を補うことで心の穴を埋め、お客様に生き直す力を得てもらう」こと。「志と技術力があれば世界に貢献できる」──それを実証する地方企業の感動的足跡。『よみがえるおっぱい』改題。
先日、坂本光司『日本でいちばん大切にしたい会社』のレビューをご紹介したが、その中で取り上げられていた島根県の「中村ブレイス」という企業を特出しで紹介したルポが本書である。元々単行本で出たのは2000年のことで、改題して文庫版が刊行されたのも2010年といささか古く、今も本書で描かれたような体制で現存するのかどうかはちょっとわからない。
中村ブレイスのウェブサイトを見てみた。本書のヒューマンストーリーの主役として書かれている中村俊郎氏は、2018年に会長に退かれていて、息子さんが社長に就任されていた。
ヒューマンストーリーとしてはとても面白い。本書の挿入口絵を見ても、ウェブサイトを見ても、社員をとても大切にしておられる企業だというのは伝わって来る。今は従業員数も70名程度に増えているそうで、小さなこの町の雇用や税収、そして地域の活性化にも大きく貢献しておられるのだろう。
義肢装具の製作に関しては多少の予備知識もあるので、筆者が1990年代の取材をもとに2000年に書かれた記事というのは、やはり情報としての古さは感じた。3Dプリンターなどは当然出てこないし、インドのジャイプール・フットのようなBOPビジネスとの比較もなされない。ジャイプール・フットに限らず、一人一人のニーズに合った義肢装具を利用者の手元に迅速に届ける仕組みを考えた起業家はインドあたりには少なからずいる。潜在的需要は大きいが自社の肩幅でできることをというので少量カスタマイズ生産に振り切って長年操業を続けられている中村ブレイスのあり方も、経営戦略として当然ありだと思う。
そこで気になるのが、そういう時代背景の違いはあるにしても、著者はもうちょっと引いて中村ブレイスや中村俊郎氏を相対化して描くことができなかったのかという点である。「先端技術」と言われるが、その技術のどこがどのように先進的なのかは正直わかりにくかった。技術の説明や従業員の方々の実際の作業にもっと焦点を当てた描写があったらもっとt良かったとも思う。
自分自身でもルポは書いたことがあるが、その時編集者から言われたのは、「事実描写に徹して、そこから何を感じるかは読者に委ねなさい」ということだった。これは今でも僕が他の人や組織などを対象にしてルポを書こうとする時には行動の規範となっているが、本書の著者は、読者に「こう感じてほしい」というところまで相当踏み込んで書いておられる。「自分と同じように感じられないのはおかしい、違いますか?」と、本来読者の領域だと思うところまで入って来られていて、かえってドン引きしてしまう。
とは言っても、20年以上前に書かれたルポで、しかも著者は僕よりも年上で、もしご健在なら70が近いようなご年齢である。その後もルポは書かれているだろうから、20年以上前のルポに対して不満な点を表明した読者が今いたからといって、今さらどうすることもできないだろう。
主題に対する技術的理解を深めるとともに、主題を相対化して、世の中には多くある義肢装具の取組みと比較してどこが優れているのか、それらを理解するための情報ギャップを埋める作業は、僕自身が意識して取り組まないといけない領域なのだろうと思う。文句があるなら自分でやれ―――そういうことなのだろう。
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