身近にある高等教育アクセス上の課題 [ブータン]
学校から大学へ障がい児が進学できるようにするために
Bridging the gap for students with disabilities on transitioning
from high school to college
Samten Dolkar記者、BBS、2022年7月7日(木)
http://www.bbs.bt/news/?p=171700
【抄訳】
高等中等学校の過程を終えた障がい生徒の数は増加している。技術教育職業訓練(TVET)プログラムを除き、カレッジに進学して教育を受け続ける選択肢は彼らにはない。サムチ教育大学(SCE)が行っている調査研究に沿い、施設整備や教員への研修を計画実施する必要性が高まっている。
ロイヤルティンプー大学(RTC)に研究者や教員が集まり、ブータン高等教育会議が最近開催された。その中でのハイライトの1つは、高等教育における包摂性(インクルーシブ)だった。高等中等学校からカレッジに進学するのは、障がいを抱えた生徒には難しい。例えば、ワンセル聾学校からカレッジに進んだ卒業生は1人もいない。
通常の生徒と比べ、聴覚障がいを持つ生徒の教授法では異なる方法論が用いられる。ワンセル聾学校ではそうした方法論が採用されているが、聴覚障がいを持つ生徒の学習能力を高めるための基礎的なニーズを満たせているわけではない。それが進学の妨げになっていると同聾学校の校長は指摘する。
しかし、クラス12で学ぶウゲン・ペンジョル君(18)は、手話を使って高等教育を受けたいと思っている。現在、ブータンでの手話の開発状況は不十分であることが大きな課題の1つとなっている。「僕は一生懸命勉強して、ろうあ教育の勉強のために外国に行きたいです。将来は聾学校に戻り、他の生徒の支援をしたいです。今はこの国の手話は表現の数が十分ではありません。だから、僕は研究を続けて、この国の手話を発展させたいと思っています。」
SCEが行った調査でインタビューを受けた父兄の1人はこう述べる。「ブータンの高等教育機関は、視覚障がい者だけを受け入れ、その他の障がいについては受入れを行っていません。自助具や宿舎の提供、調整や適応といった点で、最小限の支援しか行っていないのが現状です。」
同様に、この調査研究に参加した教育実務者の1人は、「私の生徒の1人は、肢体障がいを抱えていますが、認知上は非常に聡明で、クラス12を修了することができました。でも、アクセス可能な施設整備やケアワーカーの未配置を理由に、進学を拒否されました」と述べる。
調査研究では、高等教育機関側に、障がいを持つ学生が直面する課題に対して取り組む具体的な政策が不在であることが指摘された。SCE講師のガネッシュマン・グルン博士「政策文書を見ると、この点は以前から取組みが求められてきていた筈。しかし、実際には期待したことは実現していない。国内には様々なイニシアチブがあり、将来的にはその取組みのペースが上がるだろうと期待したい。」
RTCの研究コーディネーターのウラ・ソナム氏によると、障がいを持つ学生が住むことができる施設を持つカレッジはほとんどないという。「ティンプーのRTC、パロのNorbu Rigter、それとサムチのSCE、シェラブツェ大学ぐらい。でも、これらのカレッジも、対応できる障がいは視覚障がい関連に特化している状態。様々な障がいやその程度に応じた措置を取り入れるには至っておらず、おそらく我々が取り組まねばならないのはこの領域だろう。ワンセル聾学校の卒業生は移行上の大きな問題に直面している。」
今日、26の障がい児特殊教育(SEN)指定校は全国に26校、おおよそ800人の障がい児童・生徒が教育を受けている。この数は増加中で、関係するステークホルダーは協力して、これらの生徒の状況を把握し、対策を講じる必要がある。
僕のブログ友でもある「ブータン事務所長民樹のつぶやき」の管理人・民樹さんから、先週「読んだか」と言われ、適当に斜め読みして、適当なコメントを送ってしまった。でも、民樹さんが教えて下さった背景には、Sanchaiのブログで取り上げてくれというご意図もあったのかと思ったので、もう一度ちゃんと記事を読み直して、本日アップさせていただくことにした。
この記事の指摘は、読み直してみると非常に含蓄に富んだもので、僕自身が今いる職場(CST)において、もうすぐ開設される「ファブラボCST」において、先ず取り組まなければいけない課題なのではないかとの意を強く持った。
第1に、実はこの記事にあるRTCで開催された高等教育会議には、CSTから幹部教員が2人出席していた。出席していることも知らず、僕がプロジェクトの日本人短期専門家のアテンドでティンプーに来ていた先週はじめ、街中でバッタリ彼らに出くわし、RTCでの会議に出ていることを知ったという次第。ファブがいかに様々な社会のニーズや問題解決に適用可能だといっても、こうやって縦割りのまま横の情報共有や意見のすり合わせもなく、外からの出席要請に個別に応じて行ってしまう。ブータンの組織に所属するとかなりの頻度で直面する「あるある」なのだが、こちらが相当に意識してプロアクティブに動かないと、近くにこんな重要な会議に出ていた奴がいたということすらわからなかったりする。
第2に、そもそもこのCSTから出席していた2人のうちの1人は積層造形技術でPh.Dまで取った3Dプリントの専門家であり、「ファブラボCST」の構想の最初のプロポーザルを書いた男である。その彼がどのような発言を会議でしたのかはわからないが、障がいを持つ学生を受け入れる体制ができていない大学の方にカウントされてしまったCSTが、ファブラボを持っていながら、自助具製作も学内のアクセシビリティ改善にも取り組まないというのはあり得ない。
第3に、ワンセル聾学校の件で出てくる「手話」だが、CSTの電気通信学科の4年生のグループが、手話の学習アプリを卒業研究として開発し、先月発表していた。彼らの発表はUnityで製作したCGキャラクターをアプリ上で動かすCG技術の方に重きが置かれていたが、以前オーストラリア人のボランティアが作成したゾンカ語手話のDVDをデータとして使ったと発表の時に説明していた。僕が言いたいのは、少なくとも研究テーマとしてはCST教員や学生には取り組もうという動きはあるという点である。
第4に、SCEがあるサムチの町はプンツォリンからは順調なら約2時間弱だが、CSTに来てみて驚いたのは、SCEとCSTは共同研究を一つもやっていないという点だった。SCEもこういう調査研究をやって、実態把握して問題提起をするのはいいが、そこから自助具やアクセス保証に関する試作に、なぜ行かないのかは不思議でならない。そもそもSCEの中にはSTEM教育研究センターもあるのに、障がい児・障がい者教育とSTEMが同じ大学の中でもうまくつながっていないのだが、前述の通り、「ファブラボCST」としては取り組むべき課題であることは間違いなく、SCEへの共同研究のいい提案になるかもしれない。
第5に、記事の中でも出てきた「SENスクール」はプンツォリンにもチュカにもあり、実際先週訪問して障がい児教育に関わる先生方との意見交換をしてみたら、「こんな自助具は作れないのか」「この溝は転倒リスクが高いので塞げないのか」とか、実に多くのニーズがあることがわかった。これをそのままCSTの教員や学生にぶつけても、彼らの発想はエンジニアリングなので、ロボットだとかAIだとか、大きな話に行ってしまう。どうやったら身近に確実にある地域のニーズに応えられるカレッジにできるのかは僕にとっても大きな挑戦課題だなと思っていたところに、この報道が出た。それならそもそも学科レベルで教員や学生に落とすよりも、大学のマネジメントに問いかけて大学の名声リスクを抑制するためにファブラボCSTを活用しようというプレゼンをするアプローチがあり得ることに気付かされた。
第6に、もっと身近で喫緊の課題で言うと、そもそもファブラボCST自体のアクセシビリティをちゃんと保証しないといけない。自分たち自身がそこをちゃんとやれていないで、障がいを持っている子や親、SENスクールの教員にもユーザーになって下さいでは本末転倒もいいところだ。
いずれにしても、この話は、RTCの会議に出ていたCSTの幹部と話してみて、それをファブでどう動かそうかという議論にしてみたいと思った。
民樹さん、いい記事ご紹介下さりありがとうございました。
ちなみに、記事の中で言及のある「政策文書」とは、2019年に出された「障がい者政策(National Policy for Persons with Disabilities)」のことだろうと思われる。最近手に入れて、忙しくなる前にざっと目を通したが、障がい者のための施策としては思い付くところはだいたい網羅されていて、これに基づいて予算を付けるのもかなり大変なのではないかと危惧したりもした。この政策が策定されている頃にブータンにいた僕が横目で見ていた印象では、かなり参加型で作り込まれた印象で、総花的にはなっているけれど、その分障がい者団体などはこの政策に言及されるケースが多く、オーナーシップは持たれているとは感じる。箪笥の肥やしにはなって欲しくない重要文書の1つ。
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