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留学に行けない人もいる [ブータン]


5月7日(土)付クエンセルの社説はオーストラリアに渡航するブータン人の多さを嘆く記事だった。「Bニュース」というメルマガに登録されている方なら、5月9日付の同メールで、機械翻訳ながら全訳が掲載されていたので、そちらで内容ご確認いただけるだろう。

おそらくは先週行われた豪州向け留学説明会及び在印豪州大使館の一等書記官へのインタビューを受けての論説だと思われる。僕もこの論調にあるような嘆き方はこれまで何度もしてきたし、僕の場合はそもそもこういうビザを出し続ける豪政府に対しても、それならそうと若い人々を吸い上げられたブータンの開発問題に関して、ちゃんとブータンに来て議論に加われと言い続けてきた。

SNS上では、「そりゃそうなんだろうけど、でも国内にいても豪州で働くほど収入は得られない。仕事が得られても月8,000ニュルタムほどで、家賃は最低でも14,000ニュルタムもするではないか」なんて書かれている。ティンプーのことを言っているのだろう。

「外国渡航と国内残留を天秤にかけ、それでも選んでもらえるブータン」のあり方を考えるのは誰にとっても重要なテーマだろう。僕だって考える。外国人の目から見たら、こんなに豊かな国をなんで去ろうとするのかと思いたくもなるのだが、それだとこのクエンセルの社説の最後に登場するニューヨーク在住のブータン人のノスタルジーの話とレベルはあまり変わらない。

妙案があるわけではないが、日本のある地方の経験に基づいて、教育機関を核とした地域の交流や学びのデザイン、さらにその地域からの情報発信が、「選んでもらえる地域」というのにつながらないかなという作業仮説をもって、僕は今の自分の仕事に臨んでいる。

さて、今回クエンセルの社説を取り上げたのは、これを読んだ時、別のことを考えたからだ。

お恥ずかしい話だが、僕は外国渡航というのが、公務員やビジネスマンになれなかった若者の、起死回生の逆転策だという大きな括りでしか捉えていなかった。しかし、最近になって、こうして渡航に当たって銀行融資が受けられて、ちゃんとビザ申請ができて、かつIELTSでそこそこの点数が取れるぐらいの学力がある人はまだまだ恵まれている方で、背後にはそれすらもかなわずに各々の地域から出られず滞留している人々がかなり多いということに気付かされる出来事があった。

薬物中毒回復者である。

首都だと余計に気付かないが、プンツォリンぐらいの規模の町だと余計に気付く。薬物依存症だった人の社会への再統合に取り組むNGOもあり、代表の方も元経験者である。当然、プンツォリンに開発志向の強い外国人が済み始めれば、遅かれ早かれそういう団体との接点もできる。

そんな団体を先日訪問して、聞いた話がまさにそれだった。薬物依存症を経験した人は、社会はおろか、家族からも鼻つまみ者と見られて、なかなか受け入れてもらえない。そういう人々が更生支援施設を退所した後のアフターケアを行うことを目的とした寮の運営や、生計維持のための収益事業を行っている団体だ。そのうち、この団体に関するメディアの記事もザッピングして、ブログで紹介したいとも思っている(自分の復習も兼ねて)。寮施設は見てきたけれど、環境はかなり劣悪だ。

そうした「負の烙印」を押されてしまった人々は、地域に滞留するしかない。外国になんて行く機会はない(インドはあるかもだが)。でも偏見にも晒されているので就業機会も乏しく、そしてまた薬物に手を出してしまう。再犯率が極めて高いと言われている。

でも、逆に言えば、引き留めなくても確実に地域に残ってくれる人々でもあるので、地域の人材と捉えて何らかの役割を担っていってもらえたらチャンスなのかもしれない。こういう環境で暮らす人々も、地域の一員としてつないでいくのが僕らの仕事なのだろう。

今日はクエンセルの社説を読んで思った本当の雑感を書かせていただいた。
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