『メダカ、太平洋を往け』 [重松清]
内容【購入(キンドル)】
小学校教師を引退した夜、息子夫婦を事故で失ったアンミツ先生。遺された血縁のない孫・翔也との生活に戸惑うなか、かつての教え子たちへこんな手紙を送る。〈先生はみんなに「太平洋を泳ぐめだかになりなさい」と言いました。でも、ほんとうに正しかったのでしょうか〉。返事をくれた二人を翔也と共に訪ねると――。じんわり胸が温まる感動長篇。
あれだけ読んでた重松作品だが、このところの発表作品にはパワーダウンの感があり、なかなか良作がないなと思っていたが、最初に言っておくと、個人的には本作品は相当なヒットだと思った。
著者は東日本大震災以後、三陸を舞台とする著作が結構目立つ。津波で突然亡くなられた方、家族や友人、同僚などを津波で失い、残された方、それぞれの人々の生きておられた記録を残し、残された人々の思いや、絶望の淵から立ち直ろうとする姿を描いて来られている。
それ以前から題材としてよく扱ってきた、交通事故等により突然最愛の人を亡くすケース、癌の進行とともにゆっくりとその日を迎えていくケース、さらに舞台としても、団地やニュータウン、衰退する商店街などが扱われるケース、そして小学校時代のクラスメートや教員が、何十年かの時を経て再会するというストーリーも多かった。
そうしたこれまでの重松作品の諸要素を、うまく配合して構築されたのが本作品だといえる。教員が主人公でも、女性教員というのはこれまでの重松作品ではあまり記憶にない。学童保育や外国人子女教育、「ガイジン」問題、モンスターペアレンツ問題などが扱われたことも今までなかったと思う。そういう新たな要素も盛り込みつつ、いいストーリーに仕上がっている。主人公を女性にしたことも、展開に生かせた。
みんなで何かをやるといった集団行動や同調行動が苦手という子は多いのではないかと思う。そういう子が、何かをきっかけに学校生活に戻れるようになるという安易な展開にしなかったのもいい。「みんなで一緒に取り組んだ方が楽しい」という価値観の側にいた元教え子が、「学校生活だけがすべてではない」という方向に見方を変えていくところも、なかなかいい展開。
意図的に著者がそうしているのかもしれないが、「アンミツ」とか「テンコ」とか「キック」とか、ニックネームの付け方のセンスはどうかと思うし、ひと目で重松作品だと特定できてしまう独特の読点の打ち方にも違和感がある。タイトルにもなっている「メダカ」の訓話も、小学校の卒業生や自分の息子の記憶に強烈に残るほど、インパクトのある話かというと正直あまりピンとこない。
そういう部分は割り引いても、これはいい作品だと思う。カナダ在住の娘を除けば、ほとんどの登場人物がうまく生かされている。昔の重松作品は「泣かせる」という声をよく聴いた。僕はそれほど作品を読んで泣いたことはないが、今回は二カ所ほどじわっと来た箇所があった。
Facebook上の友人の中にも、還暦で教員を退職しましたという人がチラホラいたのがこの3月だった。考えてみればシゲマツさんも今年が還暦で、同じ世代の教員を主人公にした作品を世に出すのもタイミングとして良かったかもしれない。昔は確かに40代の主人公の作品、我が子との関係や年老いた両親との関係を描いた作品が多かったと思うが、息子・娘世代を間に挟み、主人公と孫との関係を描いた作品も珍しい。
これからの重松作品は、そういうのが多くなっていくのだろうか。
2022-04-02 00:00
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