どこまでが本気? [ブータン]
王立ブータン大学ビジネスアイデアコンテストで上位3チームが決まる
Top three business ideas win university’s business idea competition
Thukten Zangpo記者、Kuensel、2021年10月23日(土)、
https://kuenselonline.com/top-three-business-ideas-win-universitys-business-idea-competition/
21日(木)、王立ブータン大学(RUB)本部大講堂を会場に、大学生ビジネスアイデアコンテストの決勝大会が開催された。参加したのはRUB傘下の単科大学7校と、私立大学2校。それぞれ大学レベルで行われた予選会を経て、1位に選ばれた9チームが、それぞれのアイデアを競った。
審査員は既に広くブータンでも認知されている若手企業家3人と女性企業家1人。審査の結果、科学技術カレッジ(CST)、シェラブツェ・カレッジ、ロイヤル・ティンプー・カレッジ(RTC)代表が上位入賞し、シンガポールの企業家ジョージ・ゴー氏の寄付による賞金10万シンガポールドルが授与された。
このクエンセルの記者は、RUB本部発表のFacebook記事をもとに新聞記事を書いており、写真もRUBのものを転用している。僕は当日その会場にいたから言うが、記者が会場にいたとはとても思えない。よって、あまりこの記事の内容は要約する気にもならず、代わりに上述の通り僕なりの整理でコンテストの要約をまとめることにした。
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僕は、5月に赴任してきて以来、この手のビジネスアイデアコンテストを観戦するのは今回が初めてだった。今の若い人たちがブータンの社会のどこにどんな課題があると認識しているのかを知る良い機会で、あぁいいとこ見てるなと感心する提案が多かった。
各チームとも、ウェブサイトやFacebookのページを新設したり、名刺やブックレット、パンフを作ったり、さらにはスマートエネルギーシステムの模型や拡張現実(AR)を用いた学習アプリの試作品のプレゼンまでやったチームもいた。事業提案書はフォーマットが決まっていたようで、誰がCEOで誰が役員を務めるのかとか、オフィスや店舗はどこに設置するのかとか、かなり具体的なことまでプレゼンに含めていた。
あまりにもリアルなプレゼンをやっていたので、彼らは本気でこれで起業しようとしているのかと錯覚してしまうところだった(笑)。
でも、実際は、開設されたことになっているウェブサイトはアクセスできないし、各チームともいかに自分たちの事業がユニークで競争力が高いかをアピールしていたけれど、どれも、「これ、どこかで聞いたぞ」という既視感にも囚われた。
審査員の4名とは旧知の間柄だったので、僕はその中の2人に後からいろいろ訊いてみた。各チームとも、いかにも既に起業してますといったプレゼンをしていたけれど、実際のところ、既に起業していたのはRTCのボクシング・スタジオだけなのだそうだ。だから、RTCの事業提案は、それほど斬新だとは思わなかったけれど、既に事業実績が1年はあるということで高得点が得られた。しかし、他の提案はあくまでポーズで、獲得賞金は賞金、事業資金に使われるのかどうかはわからない。賞金はあくまで応募勧奨のためのインセンティブだったわけである。シンガポールの企業家が知ったらどう思われるのだろうか…。
UNDPとか、労働人材省とか、国際機関や政府機関がそれぞれ協賛・主催するビジネスアイデアコンテストは結構頻繁に開かれていて、今回のRUB主催のコンテストも、その系譜の中に位置付けられる。審査員を務めていた友人の1人によれば、その提案のレベルは徐々に上がってきているとポジティブに評価していたが、一方で別の審査員の友人は、「その提案、この会場でイベント運営にあたっている〇〇さんが、別のコンテストで同じようなアイデアを提案していたぞ」と即指摘していた。結局提案した内容を事業化せず、成績優秀者として大学職員に収まっていたというオチだった。
面白かったことは面白かったのだけれど、各チームがどれだけ本気で事業化したいのかがわからない。本当に「自分はこれで勝負したい」というのであれば、紹介してあげたい人や組織がないこともない。
例えば、伝統的な草木染を事業化したいという提案をしたチームは、王立織物アカデミー(RTA)には聴き取りに行ったそうだが、草木染で既に事業化を進めているAPICのことは知らなかった。APICには2年前まで染色のJICAシニアボランティアの方がいらして、今も僕は交流がある。また、神戸の某ファッション・アパレル企業の社長さんが2017年にブータンに来られた時、APICの染色事業の現場をご覧になって、「500種類ぐらい色が出せるようになったら、日本でも売れる」と仰っていたので、このチームの学生に尋ねてみたところ、現時点では「12種類」しか色の違いが出せていないと言われた。それなら、APICの方がずっと多くの色を出せていて、まだ国際市場には近いと言える。
このように、彼らが本気で取り組むならつないであげたい人や組織のあてがないこともないのだけれど、どこまでが本気でどこからがポーズなのかがわからない時点で、そういう動きをすると後でハシゴを外されるかもという思いが僕には強い。過去にも、僕はブータンでは結構名の売れている若手起業家に強く懇願されて、つてを頼りに日本のメーカーの製品担当者とつなげようと奔走したことがある。メーカー側からちょっとした技術的質問が来たのでその起業家に転送したところ、「それだったら諦める」とあっさり要請を取り下げられ、日本側のメーカー担当者に頭を下げたことがある。
厳しい発言を繰り広げてきたけれど、それは、やるなら歯を食いしばってしがみ付いて欲しいからなのだ。でも、彼らがその提案事業にしがみ付いて事業化に向けて努力を継続するのを僕が何かしら見守れるとしたら、それはCST代表チームの学習アプリと、ゲドゥ経営単科大学(GCBS)の紙リサイクル事業の2つくらいだろうか。紙リサイクルの方は、オフィスペーパーとしてのリサイクルではなく、強度のある段ボールや、被災地シェルター用紙管くらいのニッチを狙っていく方がいいのではないかと思う。
日本だったら、大学生は卒業後いったんどこかの企業に就職して、そこでスキルを磨いたり人脈を作ったり、起業資金を貯めたりして、それから独立して起業を試みるというステップが踏める。でも、ブータンにはそのような一時的な受け皿になり得る企業がほとんどない。このため、大学生にいきなり起業を推奨するようなことが行われるのである。僕たち日本人も経験したことがない、ブータン独自の途の模索であり、こうしたイベント開催の是非を外野の僕らがとやかく言うことはできないだろう。インセンティブも確かに必要かもしれないし、事業の成功確率を高めるためには早くから人脈を作らせるような仕掛けを必要なのかもしれない。
でも、コンテストにあえて出てくる学生には、体裁を整えるだけでなく、情報収集はきちんとやって、過去の成功例/失敗例からも学び、潜在顧客のニーズの観察もじっくり行い、さらに試作も1回だけでなく何度か繰り返してみてほしい。本気度が伝わって来れば、こちらも協力は惜しまない。
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―――などと書きながら、自分が会社に提案した新規事業の方の事業化が難航している状況で、人のことなど言ってられないよなと情けなくなった。書いたことが全部自分に跳ね返ってくる気がしてしまった。
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