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中日球団首脳も猛省しろ! [ベースボール]

今日10月10日は日曜日なので、フリーなブログ記事を書かせてもらおうと思う。

以前、「与田監督に訊きたい!」という記事で、僕は与田監督の選手起用や采配に対して疑問を呈した。あれからの数カ月、結局疑問はさほど解消もされていない。10月に入ればフェニックスリーグに選手派遣することを考えたら、Aクラス入りの可能性がほとんど消えた9月の時点で、何人かの若手に1軍での実戦を経験させたらよかった筈なのに、それすらほとんどせずに、ほとんど良績が期待できない中堅選手の起用に相変わらずこだわり、若手に経験を積ませることすらしなかった。シーズンが終了して僕らがストレスを感じ続けた選手起用や現場コーチ陣との役割分担、現場のコミュニケーション等、疑問点の数々に、与田さんは説明して欲しい。というか、するべきだと思う。

ただ、その時のブログでは、球団フロントに対しては特段どうこう言わなかったが、おかしいのは与田監督だけではなく、球団フロントもだと思い始めた。球団フロントが何を考えているのかがよくわからない。さらに、親会社の中日新聞社は何を考えているのかもよくわからない。

前回の糾弾記事でも書いた通り、僕は2023年シーズンは優勝争いしているドラゴンズを見たい。それまでの臥薪嘗胆は我慢したいと思っている。でも、気付けばもう2021年シーズンもほとんど終わりで、残る猶予は2022年シーズンしかない。今月に入ってからは山井や藤井の引退、6選手の戦力外通告が矢継ぎ早に報じられ、明日11日にはドラフト会議が待っている。ドラゴンズをリストラして、復活に向けた再構築を図るチャンスはあと1年しかない。

だから、怒りの糾弾の第二弾をここに残しておきたい。

与田監督の采配は、誰がどう見てもおかしいと感じる。というか、ベンチ内のコミュニケーションの在り方がなんだかおかしい。報じられる試合後コメントが与田監督のものであるのはいいとして、伊東ヘッドコーチや低迷する打撃陣の指導にあたっている筈のコーチ陣の声はほとんど聞こえてこない。誰もがおかしいと思っているが、監督の契約は3年間で、今期で契約終了なので、謎采配が多い与田さんと、球団は契約更新しないだろうとファンは期待しているが、その割には、優勝争いから完全脱落した9月の時点でも、来季のコーチ陣の編成については、なんの報道も伝わってこない。

ひょっとして与田監督続投?―――絶対あり得ないと思うが、そんな憶測まで飛び交うようになった。そんなことをしたら、ドラゴンズの息の根は止まると思う。

先週発表された6人の戦力外通告対象選手の中に、武田外野手が含まれていた。代打で出ても凡退が多すぎる彼が戦力になっていないのは、ファンの僕らはよくわかっているので、彼が戦力外になるのはまあ想定の範囲内ではある。でも、この通告がフロントからなされた前夜、彼は1軍の試合に出ていて、代打で出場もしている。(そして、予想通り三振凡退している。)

だから、多くの人が疑問を呈した。与田監督は武田選手を戦力として見ているのに(これもそもそも疑問だが)、球団フロントは武田選手は戦力外だと断じている。監督とフロントの間の意思疎通ができていないのではないか?

僕もそう感じた。言っておくが、僕は武田選手を戦力外としたフロントの判断は正しいと思う。ただ、フロントのやり方がおかしいのは、現場とのコミュニケーションが十分とられていないのではないかと僕らでも思ってしまうような体たらくを、公にさらしてしまった点にある。ああ、この球団は、現場とフロントとが一緒に戦っているわけではないのだと、ファンの僕らにもわかる形で露呈させてしまった。

でも、その割には与田監督はじめとする首脳陣の来季の処遇については、曖昧な状態で来季の戦力編成に入ろうとしている。与田監督続投だったらファン離れはもっと進む。でも、新監督招聘でも、支配下選手のリリースやドラフト会議で新監督の意向は反映されないうちに、来季の戦力編成はフロントが進めてしまっている。なんか、順番が違うだろと思うのである。

もしこれが、来季監督が誰になるのかは既に候補者と秘密裏に合意ができていて、その意向もちゃんと反映されたドラフト戦略がとられているというのであれば、その点は何も言わない。ただ、現監督の与田さんと来季監督候補者との間の連携は、絶対取られていないとの確信もある。それが武田選手の起用や、若手野手を1軍ベンチで塩漬けにする選手起用に表れている。そういう、来季を見据えた選手起用を現監督に促すようなコミュニケーションを現場と取っていないフロントも、猛省すべきである。

戦力強化につぎ込めるカネが少ないのなら、とっとと球団身売りしろというもっともな意見である。別に大企業がスポンサーに付かなくても、広島カープのような地域球団を目指すのであってもよいと。

ドラゴンズが強かった頃、東京在住だった僕は、東京新聞を購読していたし、中日スポーツが読めるコメダ珈琲店のヘビーユーザーだった。岐阜の実家は中日新聞を購読し、里帰りの度に出かけた喫茶店でのモーニングでは、入店と同時に中日スポーツの在り処を探した。でも、今では東京新聞購読は止めたし、実家でも中日新聞は取らなくなった。なんと、実家で一人暮らすうちの母は、別の理由からライバル紙である読売新聞の購読を始めた。

中日新聞社に言いたい。「ドラゴンズ」は、もはや御社と僕らをつなぐ架け橋ですらなくなってしまった。試合は負けたにも関わらず、数少ないヒットを放った選手とか、中継ぎで0点に抑えた投手とか、2軍で活躍した選手とかをことさらクローズアップして、試合の負けをごまかすような記事を掲載するのはやめて欲しい。もう、読者はそんな小手先のごまかし記事には騙されないところまで来ている。負けは負けとして、どこに責任があるのかをちゃんと追求して欲しい。

僕がドラゴンズファンになったのは昭和49年、20年ぶりのリーグ優勝で盛り上がった年である。僕は小学5年生だった。それから50年近くファンをやっているが、ここまでひどいドラゴンズはあまり記憶にない。故・高木守道さんが二度目の監督に就任された頃も、「これで黄金時代は終わった」などと思ってはいたけれど、今ほどひどい采配はされなかった。監督として高木さんはあまり好きではなかったが、与田監督と比べたらはるかにましだ。

なぜそんな与田監督の処遇をここまで曖昧にするのか。こうなったら、球団首脳も同罪だ。

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