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『新興アジア経済論』 [時事]

新興アジア経済論――キャッチアップを超えて (シリーズ 現代経済の展望)

新興アジア経済論――キャッチアップを超えて (シリーズ 現代経済の展望)

  • 作者: 末廣 昭
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2014/07/30
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより) グローバル化、経済自由化、IT革命…国際環境は大きく変化している。その動向を追いながら、中国の台頭、域内相互依存の深化、「中所得国の罠」、人口動態や国内格差といった社会問題にも着目して、従来の「キャッチアップ型工業化論」を刷新する。
【会社の図書室】
著者が2000年に『キャッチアップ型工業化論』という本を出された直後、僕は当時通っていた大学院で、この本をテキストに使った講座を履修したことがある。僕は1980年代後半に別の大学で学生をやっていた当時、当時一世を風靡していた「雁行型経済発展論」を少しかじったことがあるので、それとどこが違うんだ最初からこの講座で批判的な発言をして、担当教授を激怒させ、途中から講義室に行かなくなった。その後、「大いなる収斂」のような主張も出てきていて、平均で見た場合の国家間の格差は収斂してきていて、見た目はキャッチアップが進んでいるようであり、なおのこと「キャッチアップ工業化とは何だったのか」がわからなくなりつつあった。

その提唱者が、2014年に、サブタイトルに「キャッチアップを超えて」と付された新たなアジア経済論の本を出された時、早く読もうと思った。でも、近隣の市立図書館には所蔵されておらず、いきなり買って読むほどには僕も勇気がなく、躊躇している間に5年半が経過してしまった。その間に、SDGsは制定され、気候変動対策がかなり前面に出てきた。アジアが生産面でも消費面でも世界経済を牽引しているという認識には異論はないが、今のような状況になってくると、世界経済を牽引しているアジア地域で、新興国やASEAN諸国が、気候変動対策にどう取り組んでいくのかには関心もあるが、本書の発刊ではそこまでは言及されていない。その点では少し古さも感じるし、本書発刊後に各国で行われたであろう人口センサス等の統計を踏まえて、何が変わってきているのか、アップデートするような新たな文献には触れる必要があるかもしれない。

とはいえ、自分の理解を現在にまでアップデートしていくためには、2014年時点でのアジアのスナップショットを、ベースラインとして理解しておく必要はあると思う。本書で出てくる大泉『老いていくアジア』や『消費するアジア』は、発刊直後に一度読んでいて、アジアの高齢化や中所得者層の台頭については、それなりの理解はしてきたつもりだが、そういうのも全部まとめて、一度整理したい。そういうニーズには本書は応えてくれる良書だと思う。

ポイントになってくるのは中国やインドの扱い方だ。著者はもともとタイ経済の研究者だが、本書では、国別のスペシャリストではなく、アジア地域全体を俯瞰できる視点が必要だと主張もされている。従って、本書の中でもタイへの言及は取り分け多いものの、意識的に中国や韓国・台湾も含めた分析を試みておられる。とはいっても結構他の研究者からの引用も多い。

キャッチアップ工業化とは、労働コストの高騰に伴って、工業が新興国へと移転し、バトンが渡されるように、新興国が工業化を続けていくというものだが、先日ご紹介した高須・高口編『プロトタイプシティ』の中で、対談に登場した伊藤亞聖東大準教授は、このキャッチアップ型工業化論を引用しつつ、次のようなことを言っている。

 安価な労働力が製造業では重要だったわけですが、デジタル産業では高い能力を持った希少な人材の確保が重要となりますし、そもそも、モノではなく一瞬で移動可能なデジタルデータを扱っているケースも多いので地理的な制約が製造業よりは少ない。先進国の人件費が高いからといって、では拠点を新興国に移していくかと言われると、おそらく違う形になるでしょう。むしろ、知の集積、イケている都市に高度人材が集まり続ける状況は十分にありえます。となると、キャッチアップ型工業化の時代のようには、発展のバトンが新興国には回ってこない、リードした地域が永遠にその座を保ち続けることも考えられるわけです。(高須・高口編2020、p.169)

この論点は、本書第4章「キャッチアップ再考」の中ではまだ出てきていない。せいぜい、「IT産業を中心とする新しい技術体系の登場(部品のモジュール化など)は、従来とはまったく異なるキャッチアップ戦略の選択を、後発国の企業に可能にした」(p.72)とし、アーキテクチャ論を用いた「キャッチアップの前倒し」仮説や、グローバル価値連鎖(GVC)論に依拠した「付加価値の取り合い」仮説、さらには、技術水準の引き上げではなく、購買層の拡大によって利潤最大化を実現する「キャッチダウン戦略」を紹介する程度に2000年からそれまでの議論をとどめ、キャッチアップ型工業化を超えた新興アジア諸国の工業化の描写は道半ばとするにとどめている。

いずれにせよ、本書をベースにして、『プロトタイプシティ』をはじめ、2014年以降に登場したアジア経済論や中国経済論の文献を、もっと読み込んでいかないと、僕は正しくアジア経済を理解できないと思っている。勿論、インドを含めた南アジア経済論についてもね。

本書は、「生産するアジア」「消費するアジア」「老いていくアジア」に加えて、「経済的不平等が拡大するアジア」「疲弊するアジア」としてもアジアを描いている。各々の論点に関する必読の参考文献を挙げて、要約してもくれていて、丁寧な解説書になっていると思う。その中でも、第8章「社会発展なき成長」において紹介しているパルマの議論は、アジアだけでなく、世界各国の大半で有効だという点で著者は重視している。経済発展の度合い、政治体制、地域の違いを超えて、世界各国の大半でいまや、①富裕層への富の集中、②低所得層のマージナル化、③中所得層の安定的存在という3つの動きがあると、パルマは実証しているという(p.186)。

その上で本書の終盤は、「経済と社会のバランス」を何度も強調されている。本書で詳述されているアジアの社会保障制度のようなリスク対応だけでなく、世界が直面する経済、政治、自然災害、環境、健康等のさまざまなリスクが人々の生活を脅かすようになったとした上で、「こうしたリスクは自然災害や世界金融危機が示すように、事前の予測が困難なリスクである」(p.210)とも指摘している。結果的には、こうしたリスク認識がSDGsには反映されていったのだなと改めて思った。

 いま議論すべきは、新興アジア諸国がどれだけの時間をかけて先進国になるのか、あるいはどのようにして中所得国から高所得国に移行するのか、そうした問題だけではないはずである。むしろ、韓国が高い自殺率や若者の就職難をどう解消し、新興アジア諸国が高齢化社会や格差拡大社会を克服してどのような社会を構築するのか、という問いの方が重要であろう。つまり、「「経済と社会のリバランス」を真剣に考える必要があるのではないだろうか」(p.215)

読むには多少旬は逸しているけれど、今読んでおいてよかったと思える1冊だった。
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