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『雲を紡ぐ』 [読書日記]

雲を紡ぐ (文春e-book)

雲を紡ぐ (文春e-book)

  • 作者: 伊吹 有喜
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2020/01/23
  • メディア: Kindle版
内容紹介
「分かり合えない母と娘」―――壊れかけた家族は、もう一度、一つになれるか? 羊毛を手仕事で染め、紡ぎ、織りあげられた「時を越える布・ホームスパン」をめぐる親子三代の「心の糸」の物語。いじめが原因で学校に行けなくなった高校生・美緒の唯一の心のよりどころは、祖父母がくれた赤いホームスパンのショールだった。ところが、このショールをめぐって、母と口論になり、少女は岩手県盛岡市の祖父の元へ家出をしてしまう。美緒は、ホームスパンの職人である祖父とともに働くことで、職人たちの思いの尊さを知る。一方、美緒が不在となった東京では、父と母の間にも離婚話が持ち上がり……。実は、とてもみじかい「家族の時間」が終わろうとしていた――。「時代の流れに古びていくのではなく、熟成し、育っていくホームスパン。その様子が人の生き方や、家族が織りなす関係に重なり、『雲を紡ぐ』を書きました」と著者が語る今作は、読む人の心を優しく綴んでくれる一冊になりました。

僕が長年愛用している読書記録管理用SNS「読書メーター」では、この年末、「読書メーターOF THE YEAR 2020」というランキング発表をやっていた。そこで紹介されている上位ランク10冊を全部読む気は当然ないが、中には過去に作品を読んだことがある作家の最新作も含まれていて、それを知って、近所のコミセン図書室で本を借りる際に、それを参考に書架を物色したりもしてみた。小野寺史宜『まち』もそうやって借りた作品だし、今回の伊吹有喜『雲を紡ぐ』もそうだ。この手の小説の最新作を待ち時間なしに借りるには、コミセン図書室が最も適している。

伊吹作品は、『ミッドナイト・バス』『彼方の友へ』に続いて三作目の挑戦。前二作を読んでの印象としては、意味深なバックグランドを持った登場人物が必ず1人は混じっていて、それがストーリーが予定調和的な展開にならない要素の1つとなっているような気がしている。今回もそうで、販促オビを読んでいると高校生・美緒と彼女の母の関係という軸が中心なのかと思いきや、実は主人公はもう1人いて、美緒の父・広志と祖父・紘治郎の関係というもう1つの軸が存在する。その他にも各々の登場人物同士の関係は結構複雑、というか訳ありで、比較的安定していたのは、叔母・裕子と息子・太一が各々の登場人物との間で形成する関係性ぐらいだった。

これに、伝統工芸の継承問題とか、地域おこしとかが絡んでくる。岩手については『六三四の剣』以外での土地勘がまったくないのだけれど、羊毛のホームスパンでは結構有名なところらしい。これに、ウィリアム・モリスの「アーツ&クラフツ運動」の話や、柳宗悦の『民藝運動』への言及まである。ちなみに前者は、太一君のラフな説明によると、「(ウィリアム・)モリスが提唱した運動で、一言でいうと、毎日使うものには美しいものを使おうぜってこと」であり、後者は、「イギリスのアーツ&クラフツ運動の影響を受けて、日本でも大正時代に柳宗悦の民藝っている運動がおきたわけだよ。岩手のホームスパンは、その民藝運動の人たちの指導で盛んになったという流れ」で、「職人の手仕事の、自然で素朴な作品に美を見いだした運動」ということになる。

ウィリアム・モリスや柳宗悦について僕が知ったのは、今からちょうど1年前のことだ。それから少しだけ民藝運動については調べたので、その復習としても偶然位置付けられた今回の読書であった。

それともう1つ。美緒の祖父・紘治郎が、自分の死期を悟ってその蒐集していたコレクションの処分や工房の整理を始めていたという流れ、自分もそうありたいと思ったという点を付記しておく。父の具合が急に悪くなって改めて痛感したが、人生の幕引きの準備を着々とやってきていた人とやってこなかった人とには残される家族への負担に大きな差が生じるように思う。まだまだ自分はやれると意固地になり、物忘れのひどさや車の運転時の「ヒヤリハット」の多さを認めようとしないお年寄りもいるとは思うが、それらを潔く認め、運転免許の返上や住まいの簡素化などを計画的に進めていける人間でありたいと思う。

そして、我が子に対してもいつまでも子ども扱いするのではなく、自分のもとを巣立っていく時には1人の大人として認め、相応に扱える父でもありたいとも思う。「あれやれ、これやれ」といった自分の価値判断に基づく行動選択を子どもに押し付けることなく、あくまでも1人の大人として我が子を遇し、求められた時に限って的確な助言をする、そんな父親でありたいとも思う。

祖父、広志にとっては父、の死は確かに寂しい出来事ではあったが、湿ったエンディングではなく、1人の人間がその技の一端なりとも次の次の世代にも遺し、新たな発展のきっかけを作ったというところで、いい終わり方が描かれた作品だった。読後感はすごく良くて、この年末に読んでよかったと思える作品だった。

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