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『「接続性」の地政学』(上) [仕事の小ネタ]

「接続性」の地政学 上: グローバリズムの先にある世界

「接続性」の地政学 上: グローバリズムの先にある世界

  • 出版社/メーカー: 原書房
  • 発売日: 2017/01/26
  • メディア: 単行本
内容紹介
ベストセラー『「三つの帝国」の時代』『ネクスト・ルネサンス』の著者、世界的に注目集める気鋭の研究者が問う、世界を覆う保護主義へのカウンターとあり得べき未来。America First を声高に叫ぶ新大統領、移民排除と利益確保を訴える欧州のリーダー、自国中心の集約を狙う中国……。グローバリズムは失墜したといわれ、保護主義、孤立主義が台頭してきそうなこの世界の現況に、知的で合理的なカウンターを打ちこむ本書、『接続性の地政学』。グローバリズムには〝ありうべき〟その先があると著者は言い切ります。狭い国土で多くの人が暮らすこの日本にとって、それはなにより大切な考え方なのではと思います。「接続性」をキーワードに描きなおした世界。これまでの地図のかたちを大きく変える考え方。ぜひ実感してください!

ブログをやり始めたかなり初期の頃、コミセン図書室で借りてトーマス・フリードマン『フラット化する世界』を読んだことがある。既に14年も前の出来事なので、この本の記述の詳細についての記憶は相当曖昧になってきているが、ザクっと言うと、国と国の間は企業によって高度なサプライチェーンが既に張り巡らされていて、いくら政治リーダーが戦争という手段に訴えようとしても、必ず抑止力が働いて、決定的な分断という事態にまでは至らないだろうということだったかと記憶している。結構目からウロコで、その後起きた様々な出来事も、わりと冷静に見られてきたと思う。

今回、パラグ・カンナの『「接続性」の地政学』を読み始めてみて、なんだか『フラット化する世界』の復習をしているような感覚に陥った。前者においても「サプライチェーン」は1つの重要なキーワードになっている。加えて、運輸交通、通信、エネルギーなどの「インフラ整備」によるつながりというのにも前者は紙面を相当割いており、そこが付加価値になっている。

僕らの業界では、「接続性(connectgraphy)」という地政学的要素を絡めた用語ではなく、「連結性(connectivity)」という用語の方が一般的だが、この「連結性」推進論者にとっては、本書は背中を押してもらえる1冊(上下巻合わせると2冊か!)になっている。

ただ、連結性推進論にこういう視点まであるのかは、そういう論者に話をもっと深く聞いてみないとわからない。「世界の様々な都市・コミュニティがエネルギー供給網、交通インフラ、インターネットで〝つながり〟、国境の枠組みをはるかに超えて驚くほど合理的でスピーディーなやり取りをおこなっています」と出版社の紹介文にはあり、つながり方が国対国ではなく、都市対都市とか、結節点対結節点という形に変容していくということも、「接続性」という言葉には含まれている。

そういう姿を、世界各地を自身で踏査し、局地的に見られる実に多くの動きをケースとして取り上げている。僕自身がロシアとか中央アジア・コーカサスとか、アフリカとか中国・チベットとか全然回れていないので、そこで起こっている様々な出来事をほとんど知らない。そういうのをかなり網羅的に織り込んで、分厚いルポになっている。

勿論、僕らは関心を抱いている地域があるわけだし、その地域に特化した拾い読みの仕方もあるだろう。そうすりゃ、上下巻合わせて700ページ近くある大書も、わりとスピーディーに読み終われるかもしれない。

さて、ここからは幾つか印象に残った記述の引用―――。

◆◆◆◆

今日の若者の数は史上最多である。世界の人口の4割は24歳以下だ。つまり、植民地主義や冷戦の時代を経験していない人はそれ以上の数にのぼる。ゾグビー・アナリティックス社の調査によると、この「初代世界市民」が最も重視しているのは、接続性と持続可能性である。彼らは母国の体制に躊躇なく忠誠を誓うわけでもなければ、海外の「他のみんな」と国境線で隔てられて安心したいわけでもない。アメリカでは、ラテン系のミレニアル世代はキューバとの完全国交回復に賛成した。韓国のミレニアル世代は、北朝鮮との再統一を支持している。彼らは国家に属するだけではなく、国家を超えたつながりを築くことが自分の使命だと信じている。2025年には、世界中のあらゆる人が携帯電話とインターネットでつながっているはずだ。人と人とのつながりが増えるにつれ、我々はそれに応じて地図を修正していかなければならない。(p.23)

 何世紀ものあいだ、地政学は「領土の征服」および「近隣国や敵対国の支配」と同じ意味を表していた。今日では、地政学の本質は単に「接続性の優位性」だと考えていいだろう。つまり、最もつながっている大国が勝つということだ。国家は自国の国境線を守らなければならないが、重要なのはどの「線」を管理下に置くかで、それはすなわち貿易ルートと国境を越えるインフラのことだ。どの偉大な戦略家も「アマチュアは戦略を語り、プロフェッショナルは兵站を語る」の格言の重要性を理解している。(p.257)

 中国がこうした新たなインフラを築いているのは、気前がいいと思われたいからではなく、原材料を効率よく入手するルートを確保して自国の製造業や建設業向けに持ち帰り、そして巨大市場付近の輸出加工区を利用して製品の市場投入を短期化するためだ。これが中国の新重商主義の基本戦略になっている。外交の世界では、中国は国家主権の確固たる擁護者と見なされている。だが、若い国が大半を占めるこの地球上で、古代から文明を築いてきた中国が頭の中で描く世界地図は、主権よりも資源供給元の場所を表すことにはるかに重点を置いている。しかも、19世紀を通して繰り返し主権を侵害されてきた中国は、そうした21世紀の法的虚構をうまくくぐり抜けることに何のためらいもない。実際、中国は全世界をほぼサプライチェーンのレンズを通して見ている。(pp.270-271)

◆◆◆◆

最後に、そもそも僕が本書に挑戦しようと思った理由の1つは、僕自身が「連結性」推進論者の視野からはかなり辺境ともいえる地に駐在していて、連結性の恩恵を必ずしも受けられないかもしれない、そんな国は「接続性」のレンズを通して見るとどう捉え得るのか、恩恵を得られるのか、代替/補完的な戦略はないのか、といった点での識者の考えを知りたかったからだ。

もっと具体的に言えば、僕は南アジアの内陸国での駐在が2回あり、そのいずれも山岳国でグローバルサプライチェーンに組み込まれることなどほとんど考えにくい。それでも道路網中心の今の連結性の議論に乗っかるのがいいのか? エネルギーや通信はともかく、道路交通をインドやバングラデシュで整備するのに資源を重点的に振り向けるような話に、内陸小国がどういうポジショニングで臨むのがいいのだろうか? 

そこで僕が考えていたのは、通信インフラを前提にした生産拠点の分散化で、それを本書ではどう捉えているのかが知りたかった。そして、そんな記述が実際あった。

 今日の世界貿易の型を脅かす最大の要因は、3Dプリンター(より多くの製品が「自分」で身近につくれるようになった)と、共有型経済(物品の購入が減り、既存の品はサービスとして消費される)の組み合わせだ。近場での試作や大量生産はともに世界規模の輸送業、在庫管理、倉庫業に深刻かつ長期的な打撃を与えかねない。(中略)しかも、取引先から前よりも時間を急かされるようになった新興市場国企業は、製品の配送や修理に何週間も待てなくなった。そのため、航空会社、電化製品販売会社、コンピュータ・ハードウェア販売店をはじめとする多くの業種は、近くにある現地の合弁会社に交換部品を保管して、アフターサービスにも関わろうとしている。
 だが、サプライチェーンはテクノロジーによって消滅させられることはなく、正確にはテクノロジーによって変形される。忘れてはならないのは、大規模な立体を「印刷」するためには、主材料となる原料――有機物またはプラスチックにかかわらず――が必要で、それらは3Dプリンターに「餌を与える」ために今後も輸入しなければならないかもしれず、おまけにプリンター自体も海外で生産された、あるいは世界中から部品を集めてつくられたかもしれないということだ。一部のサプライチェーンはつぶれるかもしれないが、拡大するものもある。輸送業が縮小するとは考えにくく、むしろ輸送される中身が変わる可能性が高い。特定の場所で特定のモノがデザインされ、次にそのデザインが世界中の取引先の近くの工場に素早く送信されると、どこかで採取された原材料を別の場所で詰めてきたカートリッジを使ったプリンターから立体化したモノが出力される。テクノロジーがどれほど先端をいっても、製造は世界規模で行われるはずだ。物理学と物流を混同してはならない。(pp.235-236)

―――なるほど! 輸送される中身が変わるだけということか…。ただ、本書では触れられていないが、ここに循環経済が加わってきて、3Dプリンターの「餌」をある程度ローカル調達できるようなメカニズムができてくると、そこの見方もちょっと修正が求められるかもしれませんね。

接続性を肯定的に論じると、逆に温室効果ガス排出も増えるのではないかという指摘にはあえて回答を避けている節がなくもないか。それに、こういう、物流やインフラ整備は人の動きも活発化させることにもなるが、新型コロナウィルス感染拡大のような、人の動きを抑制させなければならない世界に変わっていくと、著者の見方はどう変わっていくのか、いずれパラグ・カンナは何らかの論考の発表を求められるだろう。

コロナのせいで、グローバルサプライチェーンはズタズタになり、多くの開発途上国は、人工呼吸器のような完成品の輸入がままならなくなった。そのために、人工呼吸器や自己防御具(PPE)等の設計データが公開共有され、各国ではそれをもとにして、現地でそれらを製作・実装していった。それでも、3Dプリンター用フィラメントの在庫量によって、フェイスシールドの生産量が規定されてしまうようなことが起きたとも聞く。


Connectography: Mapping the Global Network Revolution (English Edition)

Connectography: Mapping the Global Network Revolution (English Edition)

  • 作者: Khanna, Parag
  • 出版社/メーカー: Weidenfeld & Nicolson
  • 発売日: 2016/04/19
  • メディア: Kindle版



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