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『それを、真の名で呼ぶならば』 [時事]

それを,真の名で呼ぶならば: 危機の時代と言葉の力

それを,真の名で呼ぶならば: 危機の時代と言葉の力

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2020/01/30
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
「ものごとに真の名前をつけることは、どんな蛮行や腐敗があるのか―または、何が重要で可能であるのか―を、さらけ出すことである。そして、ストーリーや名前を変え、新しい名前や言葉やフレーズを考案して普及させることは、世界を変える作業の鍵となる。解放のプロジェクトには、新しい言葉を作り出すか、それまで知られていなかった言葉をもっとよく使われるようにすることが含まれている。」現在の危機を歴史から再考し、すりかえや冷笑に抗い、予測不能な未来への希望を見いだす。勇気のエッセイ集。アメリカで、全米図書賞ロングリスト選出、カーカス賞受賞、フォワード・インディーズ・エディターズ・チョイス賞受賞の話題作(いずれもノンフィクション部門)。

外出自粛の間のご近所ウォーキングで、スマホでラジオを聴いていて、米国在住(?)の翻訳家である渡辺由佳里さんが出演され、紹介されていた1冊である。購入してまで読もうという気はなかったが、今月から貸出業務を再開した市立図書館で、たまたま蔵書があることを知り、借りて読んでみることにした。

ひと言で言うと、アルンダティ・ロイの米国人版だね。取り上げているテーマもそうだが、それを美しい修辞や文体で描いている。最近はあまり米国の時事ネタを追いかけていないので、たまにこういうエッセイ集を読むのは新鮮だし、刺激的でもある。アルンダティ・ロイがインドに対して向けている視線と同様のものを、レベッカ・ソルニットは米国に対して向けているように感じた。

扱っているのは時の権力に対する批判であり、もっと言ってしまえばドナルド・トランプに対する批判である。今、米国では5月にミネアポリスで起こったジョージ・フロイド事件をきっかけに、抗議デモが米国内どころか世界各国でも起こっているが、『Black Lives Matter』という標語はもっと以前からあり、白人男性至上主義のような差別的思想が底流にあって、それに対する批判や抵抗のマグマがこれまでにも何度も噴き出してきていたことを改めて知った。

単なるトランプ批判だけでなく、トランプを大統領にまでのし上がるのを許してしまった米国社会の本質に対しても鋭い指摘をしている。その過程で、白人至上主義、女性への偏見、多様性への不寛容、気候変動や格差拡大等に対しても多くの論考を残している。

ジョージ・フロイドさんは黒人だったが、2014年3月にサンフランシスコで警察官4人に射殺されたアレックス・ニエトさんはラティーノである。生まれ育ったサンフランシスコの街区で、何十発もの銃弾を撃ち込まれて亡くなっているが、その直前の挙動にそこまでの警察への敵意があったようには見えないとの目撃者証言があり(でも、何らかの脅しでもあったのか、証言を翻すこともあったらしい)、にも関わらず警察官はお咎めを受けていない。

著者はこの事件が、「生まれ故郷のジェントリフィケーションに殺された」と述べ、IT関連産業の高所得者、富裕層向けに地域の再開発が進む中で、生まれ育った街にすら住めなくなりつつある低所得者がいることを明らかにしている。今月に入ってから紹介した別の本でも「ジェントリフィケーション」という言葉が何の注釈もなく出てきて戸惑ったことがあるが、本書を読んですごくよく理解できた。

ジェントリフィケーションが最も象徴的な形で起こっているのが今のサンフランシスコらしい。偶然ながら、次に読もうとしている本が、そのサンフランシスコの元市長であるギャビン・ニューサムの『未来政府』なのだが、「シビック・テック」というような言葉でその役割が期待されるIT技術者やプログラマーがかかわる都市におけるデータ活用による市民自治の推進が、誰にとっての都市の利便性の向上や当事者意識の向上につながるのか、置いてきぼりを喰う人はいないのか、などと考えさせられた。サンフランシスコの成功物語を読むにあたって、裏の部分にも思いをはせることが必要だと気付かされた。

最後に、2カ所ほど本書全体を象徴するような引用を取り上げておきたい。翻って日本はどうなのか、日本人はどうなのか、自分自身はどう行動すべきなのか、考えさせられる。
 ものごとを複雑にしている要因のひとつは、この政権(註:トランプ政権)が、事実上はスローモーションのクーデターだということだ。最初は少しだけ、次にはもう少し、そしてさらに少し……というかたちで権力を獲得してゆき、その権力を行使して法規範と公職の基準を冒瀆しながら、自分の利益を得て、ものごとを破壊している。ホワイトハウスと閣僚は、敵意ある外部勢力として、公教育制度を破壊し、社会的弱者(貧困者、障がい者、子どもたち、学生、移民、難民、トランスジェンダーなどを含む)への支援、この国を動かしている外交官や官僚、アメリカの国民と環境の保護、権力の分離、政府の説明責任と透明性を押しつぶそうと、躍起になっている。(p.212)

 同朋であるアメリカ合衆国の住民が抱いている不安や憤り、深い悲しみに、わたしは大いなる希望と励ましを見出している。人びとが苦しむのを見たいわけではない。こんなにも多くの人が無関心とはほど遠いことに、ほっと胸をなでおろしているのだ。わたしは〔2016年の大統領〕選挙のあと、直接には攻撃のターゲットにならない人びとが、独裁政権下でよくみられるようなことをするのではないかと恐れていた。私生活に閉じこもり、危機が通り過ぎるまでじっと待ち、他人ではなく自分のことだけ気にかけるといったことだ。
 ところが、まったく異なることが起こった。(p.206)

最後に、本書の原書も併せて掲載しておく。翻訳がいいのかもしれないが、いちど、レベッカ・ソルニットの著作を原文で読んでみたい気もする。

Call Them by Their True Names: American Crises (and Essays)

Call Them by Their True Names: American Crises (and Essays)

  • 作者: Solnit, Rebecca
  • 出版社/メーカー: Granta Books
  • 発売日: 2018/09/06
  • メディア: ハードカバー



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