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『絹と武士』 [仕事の小ネタ]

絹と武士

絹と武士

  • 作者: ハル・松方 ライシャワー
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 1987/10/01
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
明治の元老松方正義と生糸をアメリカに輸出した新井領一郎。日米にまたがって活躍した二人の祖父をライシャワー夫人が描く大河伝記。

今年1年間で読んだうち、何がベスト1だったかと問われれば、少し前にご紹介したエドウィン・ライシャワー『ザ・ジャパニーズ』かなと思う。この本を市立図書館で借りた時、ついでにもう1冊借り出した本がある。それが、本日ご紹介するライシャワー夫人の書いた『絹と武士』(原題Samurai and Silk)であるが、読了した今思うことは、実は『絹と武士』の方が自分にとっては印象的だった。

借りたのは本当についでだったに過ぎない。強いて言えばタイトルに「絹」と付いていたからだ。図書館の書誌情報だけでは内容を想像するところまではできなかったが、今年は久しぶりに綿(綿花栽培)や絹(養蚕)に触れた1年でもあったので、締めで読んでみようかと考えた。著者の出自についてはほとんど予備知識のないままに読み始めたのである。

それでわかったことは、邦題は「絹」が先に来ているが、原題は「武士(Samurai)」が先に来ていて、これは著者の父方である松方家の家族史を先に紹介し、その後、母方の新井家の家族史を描いているからだ。松方家は薩摩の出で、本書が中心的に描いているのは明治の元老の1人、松方正義である。一方の新井家は上州群馬の出で、本書で中心的に描かれているのは新井領一郎、20歳にて太平洋を渡り、米国との生糸の直接貿易の道を開いた人である。

つまり、嫌々ながらも仕事だからというので今僕がやっている日本の近現代史の勉強の中で、これまであまり詳しく見てこれなかった明治時代の財政政策の話と、僕が元々調べていた明治の蚕糸業の中で、ブラックボックスとなっていた生糸の対米輸出の話という、要するに嫌々やらねばならない部分と前向きにやれそうな部分がセットになっている、非常にコストパフォーマンスの高い1冊だったのである。

お陰で、松方正義に関して言えば、明治憲法発布以降の歴代の総理大臣が誰だったのか、その人が首相就任したいきさつ、退任したいきさつなど、年明け以降やらねばならなくなりそうな年表作成の予習もできた。(まあ、そんなちまちました作業を仕事としてやらねばならないのは自分としては納得感がないというのも事実だが。いっそ本書の原書を復刻して、途上国留学生向けのテキストとして使わせちゃえばいいじゃないのと思ってしまう。)

また、新井領一郎に関しては、明治新政府が発足して、最大の課題だった財政の立て直しに最も寄与した生糸の対米輸出の販路開拓を手がけた人の伝記に近いので、輸出販路の開拓がどれだけの熱量を伴うものなのかを知ってもらうには、やっぱり本を原書でテキストとして読ませればいいんじゃないのと思えてきた。それと、新井領一郎といえば、渡米前に群馬県令だった楫取素彦の妻・美和子から吉田松陰の短刀を手渡されたエピソードが有名だが、そういうところも本書ではしっかり紹介されている。

本書はさらに、著者の父世代、あるいは同世代に当たる他の松方一族の有名人、松方幸次郎、松本重治や牛場信彦などにまで話が及ぶ。松方正義には子供が大勢いて、元老の子息だからそれなりの家との婚礼に至り、多くの著名人を輩出している。僕らのまったく縁のない、「華麗なる一族」である。

こうして孫の代になって広く枝分かれしていった一族の功績に、僕らは大なり小なり触れる機会が多くあった。国立西洋美術館の松方コレクション、国際文化会館など。また牛場信彦氏といえば、僕が学生だった1980年代前半、日米経済摩擦の歴史を調べていて、『牛場信彦 経済外交への証言』を読んでいたことを思い出した。

なんだか、僕が散発的にやってきたこと、触れたことがこの2つの一族の歴史に収束してきたような心地よさを感じた。日本人が英語で著した本を、別の日本人が邦訳するというスタイルを取った珍しい1冊だが、翻訳特有の英語臭さは微塵も感じられず、著者が最初から日本語で書いたのではないかと思いたくなった。

年末の最後の本の紹介は、おそらく今年一番のおススメの本で締めくくることができそうだ。

Samurai and Silk: A Japanese and American Heritage

Samurai and Silk: A Japanese and American Heritage

  • 作者: Haru Matsukata Reischauer
  • 出版社/メーカー: Belknap Press: An Imprint of Harvard University Press
  • 発売日: 1988/01/01
  • メディア: ペーパーバック



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