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『TENDERNESS 想い出のライラック』 [読書日記]

2019-11-23 Lilac.jpg錦見淳治著
『TENDERNESS 想い出のライラック』
大衆書房、1986年1月

氾濫する文学界の中で、岐阜大生が優れた文学に挑戦
生きること、人を愛すること、優しさ、思いやり、教育…
とはいったい何なのかを、ひとりの女子高生とその家庭教師の
淡い恋を通して考える。

実家の両親の様子を見るため、2カ月に一度、里帰りをするようにしている。そのついでに、僕ら兄弟が学生時代、独身時代に買い込んだ本やら集めた資料やらをひたすら捨てる、断捨離を進めている。いろんなものが出てくる。既に古すぎてBook Offでは買取りにも応じてくれないし、たいていの場合は近所のリサイクルセンターに持ち込んで資源ごみとして処分してもらうことになる。夏には小泉今日子『微笑物語』(1982年)が出てきて、処分した。「メルカリで売れるやろ」と友人には言われたが、アマゾンで調べたら、中古でも400円強らしい。なんか、まだプレミアム感はなさそうだ。

そして出てきたのが、本日ご紹介の文庫本。ISBNもない、多分自費出版なんじゃないだろうか。今ネットで調べても、著者名でも本のタイトルでも、何もヒットしない。ひょっとして結構激レア?

この文庫本をどこで買ったのかはよく覚えている。1986年夏、大学4年生だった僕は、大学院に進学しようと考え、この夏は里帰りして、バイトを2つ掛け持ちしていた。1つは日中の家具工場での組立ての仕事で、もう1つは夜の書店での接客。そしてその書店の店頭に平積みされていたのが、当時岐阜大学に通っていた著者の処女作だった次第。

大学は違うが、主人公の1人である家庭教師の名大生・杉田は、明らかに著者をダブらせて描かれている。舞台は名古屋。しかももう1人の主人公、優子が住むのは名古屋地下鉄東山線の上社周辺、通っている女子校は星ヶ丘の、多分愛知淑徳高校だと思われる(実名は出てこないけど)。

かなりローカル色が強い小説だし、版元は岐阜の書店、印刷会社は今のサンメッセ、岐阜県大垣市にある、田中印刷と呼ばれた印刷会社である。当然流通カバーは狭い。これはキョンキョンの『微笑物語』よりも激レア感はありそう。

ただ、当時の現役の学生の気質なんだろうか、なんだかすごく思い詰めた筆致で、行動を起こす前の思索も、実際の会話における一人一人のセリフも、かなりくどい。単に思いを巡らせるだけなら僕だって同じ時期に学生をやっていたわけだから理解できなくもないが、著者の場合は僕よりも7歳年上、つまり、社会人を一度経験してから大学に入学している(主人公の杉田と同様)。だから、同学年であっても年齢ははるかに上で、自分と彼らを分けて捉えているからさらにくどいと感じる。

27歳の家庭教師と、17歳の女子高生の純愛の話ですから…。男子の方は、岐阜の農村部の貧困世帯出身で、父と姉を亡くしており、女子の方は北海道天売島出身で両親を亡くして叔父夫妻を頼って名古屋に引っ越してきたという設定。しかも、この相思相愛が、肝心の女子高生の大学受験の時期になって、大人の介入によって引き裂かれる。そして最後は…。

要するに、1980年代前半の空気をまとった純愛小説なわけです。集英社コバルト文庫の岐阜県ローカル版だと思っていただければよろしいかと。僕らの世代は北海道への憧れもあったし、一方で京都は割と身近であった。名古屋は進学し、就職して通うようなところだった。そういう心理的な距離感もこの作品はまとっている。

同じ岐阜県出身の作家といえば、朝井リョウとか奥田英朗とか池井戸潤とかがいるが、いちばんトーンが近いのは中村航だろう。但し、恋愛小説といっても中村作品は比較的軽めな印象で、それに比べると、本作品はかなり重い。この筆風ではメジャーな文学賞を獲るのは難しいだろうと思うし、実際獲ってない。どうやら著者は次回作に取り組んでいたようだが、それがどうなったのかはわからない。

この作品を見ていると、地方からメジャーな文学作品が出てくるのは、ネットもなかった1980年代には相当難しかったんだろうなと思えてくる。

読みたいと思われる方がいれば、お譲りします。
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