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『戦後日米交渉を担った男 外交官・東郷文彦の生涯』 [ブータン]

戦後日米交渉を担った男  外交官・東郷文彦の生涯 (.)

戦後日米交渉を担った男 外交官・東郷文彦の生涯 (.)

  • 作者: 伊奈 久喜
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2011/09/22
  • メディア: 単行本
内容紹介
戦後日米外交史に残る「安保改定」と「沖縄返還」の交渉に深くかかわった外交官の活躍と苦悩を描き、知られざる人物像に迫る評伝。

ブータンと日本の二国間関係に深くかかわっておられた方にお話をうかがうと、よく、「東郷大使」という言葉を耳にする。「あの頃カルカッタの日本総領事をなさっていた」と聞く。実際、1965年には『ブータン~ヒマラヤの王国』という本も出しておられる。1985年にお亡くなりになった後、遺骨の一部は、パロのキチュ・ラカンを見下ろす山麓で慰霊されている。

この他に、『日米外交三十年』という著書もあることや、本日ご紹介する伝記でも中心テーマになっているのでおわかりの通り、1960年の日米安全保障条約改訂、1972年の沖縄返還交渉、日米核持ち込み問題などで、事務方として日米交渉を支えたのが東郷大使であり、1974年には外務事務次官、1975年から80年までは駐米大使を務めておられる。

そんなアンシャンレジーム出身のエリート中のエリートが、日米安保条約改訂時を外務省北米局安全保障課長として過ごした後、1960年秋から2年間、カルカッタ総領事を務められた。外交交渉の骨休みのような意味合いだったようだが、この間、1962年5月に約2週間、ブータンを訪問されている。その時に同伴された夫人が、ブータンを訪問した最初の日本人女性なのだとか。

本書の主題は日米交渉なので、このブータンとの関係深化に関する経緯については本書はあまり詳しくは書かれていない。本当は『ブータン~ヒマラヤの王国』を読んでみたいのだけれど、絶版だし近所の市立図書館などには所蔵されていない。

ブータンがコロンボ計画への加盟を認められたのは1962年のことだが、これも東郷大使がカルカッタ総領事を務められていた当時の出来事。コロンボ計画への加盟がなければ、その後の西岡京治専門家御夫妻のブータンへの派遣もなかったわけで、この頃の出来事はもうちょっと丁寧に理解してみたいという気持ちがある。

とまあ、本書を読んでもわからなかったことは多かったのだが、こと日米交渉に関しては、実に良質のルポを読ませてもらったなと思う。取材もしっかりされているし、公文書をきっちり紐解いて調べてもおられる。こういうルポが書けるようになれたらなと思ってしまう。

エピローグで、ある外交官がその心構えをPDCAで表現して手帳にとどめているとのエピソードが出てくる。PDCAとは、Passion(情熱を持つこと)、Dedication(献身的に国に尽くすこと)、Commitment(責任を持つこと)、④Anonymity(匿名であることの徳と意味を踏まえること)のことだという。著者は東郷大使こそがこのPDCAを具現化している好例だと述べているが、このルポを読んでてその点についてはひしひしと感じる。特に匿名性については強調しておく。

ところで、本書を読了した後で施術をお願いに行った鍼灸院で、先生がいきなり、「日米の密約ってあるんですかね」とか「非核三原則ってちゃんと履行されているんですかね」とか質問して来られた。先生お得意の世間話の一環で、そこで日米同盟関連のネタが飛び出したのは単なる偶然だろうと思うが、本書を読了した直後だっただけに、まだ記憶が鮮明なうちに適切な受け答えができたかなという気がする。

まさに、読書は人を助ける。が、本書を読んでいたら、もう1つ重要な示唆がある。それは、こまめに記録やメモを残しておきなさいということだ。

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