人道援助のやり方に革新をもたらす [仕事の小ネタ]
Managing Humanitarian Innovation: The Cutting Edge of Aid
- 作者: Eric James, Abigail Taylor
- 出版社/メーカー: Practical Action Pub
- 発売日: 2018/04/02
- メディア: ペーパーバック
昨年11月にブータンでお目にかかった英国NGO Field Readyのアンドリューさんから教えてもらった1冊。購入はして、最初の3章ほどはすぐに読んだものの、そこから先でストップしてしまい、6月になってようやく一念発起、最後までひと通り目を通した。
人道支援でのロジスティクスが直面している課題は大きい。難民キャンプでは、需要の突発的急増、その場所へのアクセスの難しさ、紛争や災害による混乱、それに通常のサプライチェーンの問題などがあって、オペレーション実施のための環境は非常に難しいものがあるのが一般的だ。医療物資をはじめとした緊急物資は、発注から到着までに数週間、場合によっては数ヶ月かかることがあり、人道的活動を著しく妨げることも起こりやすい。他の場所なら日常的に使用されている技術がすぐに利用できなかったり、利用できるとしても遅れを伴うこともあるだろう。
アンドリューさんも言っていたが、人道支援でのロジスティクスは費用が高くつくという。通関手続や輸送費、倉庫保管、中継地での管理などが物資そのものの価格に上乗せされ、それがとんでもなく高くつくという。例えば、2015年にネパールで大地震があった時、現場ではポリバケツが大量に必要だったが、このポリバケツはパキスタンで作られているのが最も調達コストは安かった。それがいったんはロンドンの倉庫に緊急人道援助物資の1つとして集められ、そこからインドに送られ、そこから陸路でカトマンズへと運ばれたという。パキスタンからネパールに直接送ることができれば、こんな物流上の無駄は起きないし、トータルで見て費用や安く抑えられる。もっと言えば、ポリバケツぐらい現地で作れないのかということになる。データをダウンロードして3Dプリントしてしまうような方法で。
本書は、人道支援における物流のやり方に革新をもたらす新たなアプローチを示唆している。ロジスティクスの革新には、テクノロジー、特に3Dプリンタの使用によるサプライチェーンの創造的破壊が含まれる。人道支援におけるイノベーションとは何か、そしてそれを支える戦略はどうあるべきかを論じている。主に学者や政策立案者が書いている前半の数章は概念的で、具体的な事例に乏しいから読んでいてなかなかページをめくる手が動かないが、より具体的なイノベーションやテクノロジーの適用事例が出てくる中盤以降は、かなり面白い。僕が昨年ネパールで訪問したネパール・イノベーション・ラボの設立経緯とか、運営方法のような具体的な話も出てくる。事例が身近にあるものだったから、余計に親近感が湧いた。
久しぶりに日本に戻ってきて、我が社の中でも「イノベーション」という言葉を口にする人が激増しているのを実感できた。通常の開発協力の文脈でもイノベーションは確かに重要だが、意外なことに災害時の緊急人道援助の実施のあり方に関するイノベーションの話は寡聞にしてあまり知らない。僕の近くで今仕事している人の中にも、人道援助の論文を書いて発表されているけれども、そこにイノベーションというニュアンスは含まれていないのが現状だ。
今から数年前、「人間の安全保障」の生みの親である緒方貞子さんが、「最近は科学技術と人間の安全保障というテーマに注目している」とおっしゃっていたのを思い出す。その時は緒方さんの話されていることがピンと来なかったのだが、ネパールでField Readyの活動に触れ、薦められて本書を読んでみて、今なら緒方さんがどういう文脈で仰ったのかが少しよく理解できるようになった気がする。その当時緒方さんは、このテーマで研究を進めているのは英国人研究者だとも仰っていたが、本書の編著者の2人のうちのどちらかのことを仰っていたのかもしれない。
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