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『地域の力を引き出す企業』 [仕事の小ネタ]

地域の力を引き出す企業: グローバル・ニッチトップ企業が示す未来 (ちくま新書 1268)

地域の力を引き出す企業: グローバル・ニッチトップ企業が示す未来 (ちくま新書 1268)

  • 作者: 細谷 祐二
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2017/07/05
  • メディア: 新書
内容(「BOOK」データベースより)
日本各地で今、「小さな世界企業」が宝石のきらめきを放っている。ニッチな分野で世界のトップに立つ「グローバル・ニッチトップ(GNT)」企業である。GNT企業を全国に訪ね、調査してきた著者が、地域に存在するすぐれた中小企業の実態を紹介すると共に、後に続く企業を国や自治体が政策的に支援する方法を、様々に考察する。真の地域の内発的発展を促すためには、安易に補助金を配るだけでは十分でない。ドイツなどの成功例に学び、地域における知恵を育むための地域経済活性化策を提唱する。

この本も、昨年9月に日本に帰った時に、なんとなく役に立つのではないかと思って買ってきた。日本の中小企業でブータンにも投資してくれそうなところはないだろうかというのが元々の思いだったが、4カ月寝かせて目下の問題意識に照らし合わせると、どちらかというと地域経済活性化の文脈において示唆を得られた本だった。

考えてみれば、本書で扱っているGNT企業というのは、規模的には中小企業かもしれないが、取扱い製品はエッジが利いていて妥協を許さない高品質で、しかも誰でもが利用できるような市場を狙ったものではない。同じロングテール狙いの多品種少量生産だといっても、ブータンのニーズとはレベルが全く違う。著者は元は経産省の官僚だから、どうしても目がこういう方向に行くのだろうけど、以前も書いた通り、ブータンの地域経済活性化に必要なのは、技術水準の高い企業の地方誘致ではなく、地元の原材料を生かして地元で加工度を上げ、ぼろ儲けとまではいかないけど、農業との片手間で生計維持できるぐらいのほどほどのところでやっていけるコミュニティビジネスだと思う。

それだけに、今の問題意識に立てば、参考になる箇所よりも参考にならなかった箇所の方が多かったのは仕方ない。ただ、ジェイン・ジェイコブズの『都市の経済』を持ち出してくるから地域経済活性化というよりも都市への産業集積について論じたいのかと思ったりもしたし、ロングテールを持ち出してくるからファブラボを利用した地元企業家のスタートアップのことも論じるのかと思ったらそうでなかったりと、既存の学説をつまみ食いして自分の論点に役立ちそうなところを補強しているが、なんていったらいいんだろう、いろいろな森に出向いて中から木を伐ってきて家を建てたけど、どの森の景観ともマッチしない家になっていたという感じだろうか。なんだかとっちらかっちゃった印象で、論点はしっかりしているわりに、読んでいて振り回された感覚が拭えない。読み手を選ぶ本かもしれない。

などと愚痴を書いててもきりがないので、いくつか引用しておく。

◇◇◇◇

地域活性化の成功確率を高める主体は、加工組立型大企業の量産工場ではない。むしろ規模は相対的に小さいが創意と工夫に長けた企業なのだ。(p.8)

ジェイン・ジェイコブズ『都市の経済』(1969)の著者なりの要約。
①国や地域の発展は、イノベーションによってもたらされる、②イノベーションは多様性のある都市から生み出される、③中小企業が次々に枝分かれしてふえていくことで、都市は多様性を増していく、④中小企業は都市の多様性の下でイノベーションの担い手になる(pp.17-18)

この新たなものづくりは、需要者の多様なニーズに対応して、生産者が多くのバリエーションのある製品を必要な量だけ提供する方法である。(p.19)

 ヒエラルキー組織に共通する意思決定の特徴として、ティースは「委員会的構造」を挙げている。この仕組みでは、重要な意思決定に関する報告や正当化の理由を、文書で提出するように求められる。また、予算を執行する場合に上位組織(例えば本社中枢)の承認が必要とされる。その結果、組織全体の意思決定は遅くなる。同時に、改革や新規事業に取り組む事務的・心理的負担が増し、組織として現状維持の傾向が強まることになる。
 ここから、O・ウィリアムソンが1975年の著作『市場と企業組織』で指摘した「計画固執(program persistence)バイアス」が生じる。計画固執とは、既存の計画にそのメリット以上に大きな資金が割り振られることを言う。そのため、新しい計画に利用可能な資金が減り、新しい計画が検討対象にのぼる可能性も低められてしまう。
 (中略)大企業と中小企業のイノベーションに関する論文(Arrow、1993)で、「現に大企業の中で生じる情報の劣化が大きい場合、新製品の可能性調査や開発への資金配分などの点で大きな組織は小さな組織よりも可能性を縮小する度合いが大きく、結果として新規プロジェクトは採用されず、新製品も生まれにくいということが起こりうる」と述べている。(pp.126-127)

イノベーションを生み出しやすくするには、1つのことを深く連続的に掘り下げる「直列実験(serial experimentation)」ではなく、同時に同じ目的に向けて複数の実験を並行して実施する「並列実験(parallel experimentation)」が有効である。特に、革新的イノベーションを生み出す場合に、環境は「純粋に不確実な状況(genuine uncertainty)」、すなわち何も確かなものがない場合が多く、並列実験が不可欠になる。(p.165)

イノベーションという成果に結びつく成功確率を高めるためには、並列実験を活発にすることが重要だ。そのためには、小さい組織が多数存在することが不可欠になる。大企業による積極的な分社、あるいは有能な社員によるスピンオフなどを奨励すべきである。そして、既存の中小企業を含む小さい組織が、多様な発想で試行錯誤を繰り返して行う環境づくりが求められる。(p.172)

クラスター政策とは、(中略)地域のポテンシャルと呼べる産業の芽に注目し、それを発展させていく草の根的な「クラスター活動」を、政府として支援する政策のことである。クラスター活動の特徴は、その中心に「クラスター推進機関」が存在することである。会員制の組織で、関心のある企業、地元の大学の研究者などが自発的に参加する。クラスター政策とは、民間のクラスター推進機関が行うクラスター活動を支援する政策ということになる。(p.231)

(愛知県幸田町町長の)大須賀一誠氏は、アイデアマンの名物町長である。部下である企業立地監の志賀幸弘氏は、町長に輪を掛けた企画好きで四六時中産業振興のプランを考えている。町長は、志賀氏に思う存分仕事をさせている、腹のすわった方である。幸田町は国の施策ツールを巧妙に使い、さまざまな工夫をしている。(p.272)

地域の活性化ひいては日本の発展のためには、今後、市町村が産業政策の担い手として積極的役割を果たすことが不可欠となる。(pp.273-274)

◇◇◇◇

こうして、自分なりに読んでいて響いたところを抜き出して列挙してみたが、その中では特に、アロウの1993年の論文が最も引っかかった。小規模な組織のフットワークの軽さと大規模な組織の意思決定の遅さのギャップを、最近常に感じているからでもある。それは、民間企業的アプローチと政府機関的アプローチの違いとも言えるかもしれない。

それと、並列実験の文脈では、先日ご紹介した『地域力』の記事の中でも詳述した大分県別府市のオンパクなんかはその典型ではないかと思う。と考えれば、オンパクをモデルにブータンで推進されようとしている「Gakyed Gatoen」にも適用可能な理論だろうとも言える。但し、オンパクのような民間の推進機関は、Gakyed Gatoenの場合はまだなく、政府がそれを担っているのが現状である。

幸田町の場合のように、町長が信頼の置けるブレインを右腕として抱え、目標達成に向けてその人の自由裁量に任せて采配させるという形が理想であること、それが日本の場合は市町村レベルでということであれば、せめてブータンの場合は、県レベルでの地方産業振興策の推進が必要不可欠であるということになるだろう。県知事の下に、この辺のことをよく知ったブレインがいて、知事がそのブレインに存分に采配を振るわせるぐらいの権限移譲を行うこと、そして本書で言う「クラスター推進機関」のような民間組織とも密接につながり、県内でのネットワーク化と県外とのネットワーク化を担っていくことが、ブータンの地域振興策のありうべき姿なのだろうなと感じた。

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