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再読『21世紀 仏教への旅 ブータン編』 [ブータン]

21世紀 仏教への旅 ブータン編

21世紀 仏教への旅 ブータン編

  • 作者: 五木 寛之
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2007/06/29
  • メディア: 単行本

先日の平山さんの著書に続き、今回は作家・五木寛之の2007年に出されたブータン紀行文を再読した。全体でも1週間から10日間程度の行程で、中部のブムタンまで行かれている。僕も先月ブムタンまで出かけ、ジョギングもやって名刹の位置関係をしっかり頭の中に入れたので、本書で出てくるタムシン・ラカンとか、著者がどこをどう訪れたのかがイメージできて、わかりやすい読書になった。ただ、この本の執筆年から10年も経過してしまうといろいろなことがブータンにも起きていて、著者の考察と現状がそぐわなくなってきている点も多いと感じた。

1つは、著者が訪れたワンデュポダン・ゾン。このゾンは2012年の火災で焼失し、今この県の行政機能は隣りのバジョに仮庁舎を設けてそこで営まれている。集会所を改装した仮庁舎は、ブータンでは珍しい大部屋形式のオフィススペースで、職員の仕事ぶりが一望できる。

2つ目は、著者が述べている「山肌がブルドーザーによって削られて、無残な姿をさらしているような光景は、そこにはない。開発が進み、緑が失われている様子もない」という記述も、水力発電所建設に必要な重機の搬送に必要だということで道路拡張工事が各地で進み、また国道以外にも農道整備も相当進められてきているので、山肌が削られた爪痕は国内至るところで見ることができる。著者が訪れたブムタンまでの道中でも、トンサ周辺の山肌の削られ方はかなり悲惨だった。僕自身も2007年に東部まで行ったことがあるけれど、当時は農道整備では山肌の露出があったが、トンサ周辺の国道はもっと森に覆われていたように記憶している。

また、それ以上に大きいこととして、本書でも登場する国立ブータン研究所のカルマ・ウラ所長との対談の中で、著者はGNHの思想がGNPやGDPと競合するものではないと述べているが、ダショー・カルマを含めてブータンの思想的な支柱となっておられる方々の間でGNH重視というのは今も変わらないと思う一方、新聞マスコミや一般大衆の受け止め方としてはやっぱり所得や経済成長重視なのではないかと思うところが大きく、その乖離が2007年当時よりは広がってきているのではないかと感じる。ブータンのメディアは経済成長率で一喜一憂しているところはあるし、政治家の多くも、地に足のついた持続可能な開発よりも、インフラ整備や新たな商品作物の普及、機材の供与等、目に見える大きな変化を求める傾向がある。客観的に見れば、幸福度が低いと全国調査で結果が出ているような地域を優先ターゲットにした、総合的な開発を思考していく必要があるが、誰だって自分の選挙区民に格好のつく「実績」が欲しいとは思うだろう。意外と短絡的な開発事業の要請に陥ることが多いように思うのである。

それに、個々人の幸福度に大きく影響を与えるのは健康状態や教育ではなく、雇用機会の方が影響力としては大きいらしいから、今の政府は必至になって若者に雇用機会を作ろうと画策している。その肝心の若者の就活努力という点では、「?」なところもないわけじゃないんだけれど。

また、この手の読み物では、ブータンの良さを見聞した上で、「それに比べて我が日本は…」と嘆息するというのがお決まりのパターンになっているが、今のブータンは比較て言えば日本の1960年代の高度成長期と同じような状況だと考えた方が良いので、高度経済成長でイケイケどんどんだった当時の日本人の幸福度との比較が本来なら必要だったのではないかと思う。自殺者数が毎年3万人を超えている2007年当時の日本と同じ時期のブータンを比較して、日本はブータンに学ぶところが多いというのはちょっとフェアじゃないなぁと感じる。それに、ブータンにだって自殺者はいる。

2007年当時にブータンを訪ね、それも短期滞在だった五木氏の感じられたところと、今のブータンで長期滞在していて、ブータンの残念なところも垣間見てしまった僕との間では、認識の仕方にギャップが生じても何ら不思議はない。ただ、逆に今だから言えることとして、仏教と持続可能な開発との理念の共通性も相当大きいのではないかとも感じた。この辺の考察は、機会があればそのうちにしてみたいと思うが、前回本書をご紹介した時にも言及した通り、本書の醍醐味は、著者とダショー・カルマの対談部分にあると思う。ダショーは3月中旬にGNHのセミナーもあって来日されるらしいから、その時の予習として、本書を読んでおくのは結構ありかもしれない。

但し、前回と同様の指摘となるが、ブータンの概況を説明している前半部分はやっぱり面白みには欠ける。また、前回も同じ時期に平山修一著『現代ブータンを知るための60章』を読んでいたようだが、今回順番を変えて、平山さんの著書を読んだ後で本書を読むと、同じような記述が随所に出てくる。五木氏は平山さんの著書を参考文献で挙げておられるのでパクリだとは言わないが、あまりに似た記述が頻出するので、これでいいのかなとの違和感は正直感じた。

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