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『水力発電が日本を救う』 [持続可能な開発]

水力発電が日本を救う

水力発電が日本を救う

  • 作者: 竹村 公太郎
  • 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
  • 発売日: 2016/08/19
  • メディア: 単行本
内容紹介
ベストセラー『日本史の謎は「地形」で解ける』の著者、待望の書き下ろし。日本のエネルギー問題は、世界でもまれな「地形」と「気象」と「既存ダム」で解決できる!未来に希望が持てる、目からウロコの新経済論。新規のダム建設は不要! 発電施設のないダムにも発電機を付けるなど、既存ダムを徹底活用せよ――持続可能な日本のための秘策。

今から35年も前、僕が高校生だった頃、美術の授業で啓発用ポスターを描くという課題が出て、『見直そう、水力発電』というタイトルでポスターを描いてみた。本書の表紙の写真のダムを、正面から見た感じの、ベタなポスターだった。美術のH先生からは笑われた。「お前、世の中もう原子力の時代だぞ。水力なんて環境問題もあるし、徳山ダムを見てみろ。構想が持ち上がってから30年も経つのに、未だ全然建設進んでねーじゃねーか」という趣旨のことを言われたと記憶している。なぜ「徳山ダム」かというと、僕の母校は岐阜県大垣市にあったからです。

そうH先生から言われて、余計に意地になってポスターを仕上げたが、生徒がやろうとしていることを馬鹿にして許される教師というのもなんだかなぁと思いつつも、確かに当時の風潮としては原子力には明るい未来があったように思う。

今そのH先生がご存命であられたら、是非本書を読んで、35年前に僕のポスターに付けたケチを撤回してもらいたい。あ、もう時効ですかね?

それはともかくとして、今さらこんな本を読んでみようと興味が湧いた理由は別のところにある。今僕が暮らしているブータンは、電力構成が100%水力である。それでブータンは、世界の温室効果ガスの排出がマイナスだとトブゲイ首相も今年2月のTEDトークで仰っている。でも、高校時代に美術の先生から馬鹿にされ、その後学生時代にダム反対論の論拠となっているような本を読んだりして、少しずつ大人の階段を昇ってきた僕にとっては、水力発電って環境に与える負荷が大きいんじゃないのという「?」マークが頭の中に点灯し、本当にブータンそれでいいのかという半信半疑の状況だった。

それに、ブータンが水力で世界の温室効果ガス排出抑制で貢献しているんだと言うなら、同じ地形条件で既にダムが沢山建設されて稼働している日本の場合、水力ってそこそこ電源としては有力で、日本が本気でパリ協定を遵守して、気候変動対策に貢献するんだと言うなら、水力発電ってちょっと見直してみてもいいんじゃないかなと思ったりもした。今回本書を読み、ブログで紹介しようと思ったのは、そんな動機からだった。

ここで挙げてきた疑問は、①ブータンの水力発電は評価できるのか、②水力発電が日本を救える根拠とは何か、の2点である。

先ず①についてであるが、ブータンの水力発電事業はダム式の他に水路式もかなり多く、水路式の場合はダムで堰き止めたりしないので、環境に与える負荷は少ないのだろうという説明がよくなされる。実際のところは、取水地点で水を取り過ぎて川の本流の方で流量が確保されず、流域の生態系に影響を与えているのではないかという指摘はなされている。また、ダム式については、ダム湖が上流から流入する土砂で埋まって使い物にならなくなるという指摘もある。天野礼子『ダムと日本』あたりでは米国コロラド川のダム湖がそうなってしまっていると指摘され、反対論の根拠とされているが、仮にそうだとしてもダム湖の水位を下げて定期的に浚渫を行えば、使い続けられないことはないでしょうという気もする。本日ご紹介する本では、そもそもそんなに土砂が大量に堆積してダムが使えなくなるような事態はあり得ないと、エンジニアの立場から論じておられる。

②については、著者の主張は現在のダム運用を変えるだけで発電能力がアップできるというものだった。潜在的な発電能力を引き出せれば、30%までのアップは可能だという。
第一に、多目的ダムの運用を変更すること。河川法や多目的ダム法を改正して、ダムの運用法を変えれば、ダムの空き容量を発電に活用できる。第二に、既存のダムを嵩上げすること。これによって、新規ダム建設の三分の一以下のコストで、既存の発電ダムの能力を倍近くに増大できる。第三に、現在は発電に使われていないダムに発電させること。
まあ2つめと3つめの点はわかりやすかったけれど、第一の論点はわかりにくかった。著者によると、多目的ダムは治水と利水の相反する目的の妥協の産物として、ダム貯水量が満水の何割かに制限されている。フル活用されていないのだという。ただ、実際に何割に制限されていたのかは具体的な数字が明記されていないので、本当にそうなのかどうかがよくわからなかった。本当だとしたら、発電目的に使えばいいのにという気は確かにする。

いずれにしても説得的でないのは、第二、第三の論点については低コストだとは言っても結局カネはかなる話になっているという点も含まれる。読みようによっては、元国土交通省河川局長が、ご自身の歩みと後輩たちの今後を正当化するために書かれたとも取られかねないと思う。それに、ダム湖周辺では地震が多いのではないかという指摘もどこかで耳にしたが、そういう都合の悪いことについては、特に本書では反論どころか言及もされていない。

まあ、潜在能力を引き出し切れていないのだとしたら、そこはちゃんとやるべきだと思うし、ブータンでもできていることが、日本でできないというのもちょっともったいない。既にインフラ自体はそこに出来上がっているのだから。

ところで、11月1日は、日本政府のSDGs推進本部が公表していた「SDGs実施指針」骨子案、通称「日本版SDGs」に対するパブリックコメントの締切日だった。僕は先週の段階で既にコメントをしているので、今日慌てることはなかった。(東京方面から、「またあいつはSDGsかよ」という声が聞こえてきそうだが。)残念ながら骨子案自体には水力に関する言及はなかったように記憶している。本書が「持続可能な日本のための秘策」と銘打っているなら、著者自らがパブコメに応じるのが最も説得的だと思うので、僕は別の指摘を4点させてもらっている。

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