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SDGsを優先順位付けする [持続可能な開発]

英エコノミスト誌の5月7日号に、バングラデシュにおける開発課題の優先順位付けに関する記事が掲載された。デンマークのシンクタンクであるコペンハーゲン・コンセンサス・センター(以下、CCC)が、ここ数年取り組んでいるSDGsの費用対効果の分析手法をバングラデシュに適用した結果について紹介した記事である。同様にCCC自身もそのHPにおいてその分析結果を発表している。それによると、費用対効果が最も高く多くの資金を投入すべきとされたのは、①結核対策、②公共サービスのデジタル化、③幼児の栄養、だったという。

この分析は、1年ぐらい前からCCCがバングラデシュのシンクタンクや市民社会組織、民間セクター等と協議を重ね、絞り込んだ72の項目について、ノーベル経済学賞受賞者を含む内外の経済学者を動員して行われた。その報告書は1000ページにも及ぶもので、今現在バングラデシュの仕事に関係していない僕が内容を理解するには大部過ぎて手も足も出ない。ただ、分析結果が示唆するものは大きい。SDGsの達成に向けて投入される公的資金は主には国民の税金か公債発行である。いずれにしても少ない調達額で最大限の成果を上げることが考えられなければならない。(NGOの活動に投入される民間資金はちょっと意味合いが違う。たとえ費用対効果が低くても、寄付してくれた人々が高い価値をつけるものに対して投入されることが、寄付してくれた人々の効用につながるからだ。)

エコノミスト誌の記事はこちら。
http://www.economist.com/news/finance-and-economics/21698302-ambitious-attempt-work-out-best-use-scarce-resources-how-spend-it?zid=306&ah=1b164dbd43b0cb27ba0d4c3b12a5e227

CCCの関連記事はこちら。
http://www.copenhagenconsensus.com/bangladesh-priorities/top-three-priorities-bangladesh-tb-infant-nutrition-e-government

この分析結果が公表されたことを受け、SDGsのターゲット間の優先順位付けの議論が再燃するかもしれない。バングラデシュで同国の文脈において何が優先されるべきかを研究するのに先駆け、CCCは昨年6月頃から既にSDGsの169のターゲットについて、費用対効果の分析結果を公表している。「169のSDGs(Sustainable Development Goals)ではなく、19のSDGs(Smart Development Goals)を」という主張である。169のターゲットに対してあまねく同等の取組みを進めるのではなく、取りあえず19のターゲットへの取組みを優先的に進め、そこで出た成果と節約できた資金を用いて次のターゲットへの取組みへと移行していこうというものだ。

僕はその19のスマート・ゴールというもののリストだけをつまみ食いして、169のターゲットのうち、何から取り組んでいったらいいのかを考える上での参考としていた。ただ、そうした考えに至るまでの分析ペーパーは単純計算でも60編ほどになるが、それらを熟読したわけではないし、今からそれを1人の努力でやるというのも少々面倒だ。

そこで、各論のペーパーを読む代わりに、22のテーマが各3ページのテキストと表にまとめられ、1冊の本になっている総合レポートを読んでみようと思い立った。本当はもっと早くに読んでいた方が良かったのかもしれないが、何かのきっかけがないと勉強にもなかなか着手できない。今回はバングラデシュの国別分析結果が発表されたのがいいきっかけになった。

The Nobel Laureates Guide to the Smartest Targets for the World 2016-2030 (English Edition)

The Nobel Laureates Guide to the Smartest Targets for the World 2016-2030 (English Edition)

  • 出版社/メーカー: Copenhagen Consensus Center
  • 発売日: 2015/11/01
  • メディア: Kindle版
内容紹介
2000年、ミレニアム開発目標は数項目の最も効果的なターゲットを世界に向けて示した。貧困人口を半減させることや、幼児死亡率を2/3削減することなどである。これらのターゲットは15年間で大きな成果を収めた。今、世界はまさに次の15年間に達成に取り組むべきターゲットについて決めるときに来ている。国連は169のターゲットを提案しているが、それらは等しく効果的であるわけではない。コペンハーゲン・コンセンサスは、世界中の著名なエコノミストから成る60のチームに依頼して、22のグローバルなトピックを代表する100あまりのターゲットについて社会・環境・経済面から費用対効果を分析し、ウェート付けを行った。テーマの中には、空気汚染や教育、水といった課題が含まれる。2016年から2030年に向けて、世界は2.5兆ドルを目標達成に投入できる。最良のターゲットを選んで資金を集中投入することで、世界中の最貧困層に対する便益は3倍にも膨れ上がらせることができる。本書は我々がより賢い選択をする手引きとなる。
読んでみると、169のSDGsのターゲットから、単純に何をピックアップするかという議論ではなく、そのターゲットの達成に向け、どの地域で取り組むべきかとか、取り組むにあたっての具体的な方法論として何が最も有効かというところまで踏み込んだ分析がなされている。1ドルの投入に対して、いくらぐらいの便益が得られるのかというのを比較している。紙面の関係上、どのように費用対効果をはじいたのかまでは具体的には書かれていないが、結果となぜそうなるのかという考察については書かれているので、これを読むだけでも結構面白い。

19のスマート・ゴールを僕なりに要約してみると、基本的にはMDGsの積み残しの課題への取組みを先ずは優先させるべきということになる。しかも、それは既に達成されているアジアの国々でというよりも、未達成が多いサブサハラ・アフリカの国々でということになる。単純に考えれば、1000を100に減らすのに比べ、10を1に減らすことの方がもっと難しい。貧困は「削減」することよりも、「撲滅」することの方がはるかに難しいことだし、「誰も取り残さない」というSDGsの共通理念からも、アフリカがターゲットになることは当たり前だろう。ジェンダー主流化や女性に対する暴力の根絶も、費用対効果の点から推奨されるターゲットとなるらしい。

また、本書を読んでいて全体を通じて強く感じられるのは、より長く生きて経済活動や社会開発に貢献できる子供たちに対する投資は費用対効果が高いという傾向もありそうだ。だから5歳以下の幼児の栄養改善とか、就学前教育とか、下痢症疾患を防ぐための安全な飲料水の確保やトイレの普及などが優先度が高いと評価されるのである。

その中でもとりわけ費用対効果の高いのは貿易の自由化である。政治的には非常に難しい選択肢だと承知はしているものの、ドーハ開発ラウンドの合意内容が全面的に実施に移されれば、1ドルの費用に対して、3426ドルもの便益を主に開発途上国にもたらすという。これをアジア太平洋地域だけに限って考えてみても、2559ドルの便益だ。僕は現在の安倍政権が進めている様々な政策に対しては複雑な気持ちで見ているが、ことTPP推進に関していえば、開発途上国への便益という観点から安倍政権の姿勢を支持している。(家庭内で妻と意見対立する争点の1つではあるけれど。)

総論としては非常に理解できる。ただ、各論になると複雑な心境になるものが多い。典型的なのは、気候変動適応策や防災、社会保障といった、地域社会のレジリエンスを高める取組みである。農業機械化よりも農業研究開発投資やサプライチェーンにおけるロス解消の方が優先されるべきだというのも同様。教育では、日本政府が以前は国際貢献を公約していたESD(持続可能な開発のための教育)や職業訓練よりも、就学前教育が重要というのも釈然としない。(本書では書かれていないが、バングラデシュでの分析では、日本にはかなり強い支持論者がいる条件付き現金給付(Conditional Cash Transfer)も、費用対効果は極めて低いという結果が出ていて、反論の声が上がりそうだ。)

インフラは全般的に重要と見られている。その中でも、情報通信網の整備に対する評価が高いのは要注目だろう。

各論では反対の声も相当出そうな内容だが、こういう形で注意を喚起し、議論を呼ぶことは重要だと思う。SDGsには169もターゲットがあって、とても達成など難しいという悲観的な見通しを述べる方もいらっしゃらないこともない。でも、こうして費用対効果の分析によって優先順位をつけて選択と集中を図れば、他のターゲットの達成にも派生的につながっていくと期待される。各論部分で納得いかない人もいるかもしれないが、僕はこういうことを考えて分析結果を世に問い、うまくやればちゃんとSDGsは達成できるという楽観論を示してくれる人々が世界にいることを知ると、まだまだ人類も捨てたもんじゃないと救われる気持ちになる。

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