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『中央線がなかったら 見えてくる東京の古層』 [読書日記]

中央線がなかったら 見えてくる東京の古層

中央線がなかったら 見えてくる東京の古層

  • 作者: 陣内秀信・三浦展
  • 出版社/メーカー: エヌティティ出版
  • 発売日: 2012/12/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
内容(「BOOK」データベースより)
『東京の空間人類学』の陣内秀信と、郊外論の第一人者三浦展が組む、新たな東京論。近代の産物である「中央線」を視界から取り去ると、武蔵野・多摩地域の原構造がくっきりと浮かびあがる。古地図を手に、中野、高円寺、阿佐ヶ谷、国分寺・府中、日野を歩く。地形、水、古道、神社、商店街などがチェックポイント。中央線沿線の地形がわかるカラーマップも掲載。楽しくて深い、新・東京の空間人類学。

この本のことは、昨年12月、『帝国日本の気象観測ネットワーク〈2〉陸軍気象部』をブログで紹介する際に初めて知った。僕はこの記事を書く際、東高円寺駅近くにある「蚕糸の森公園」の前身である農林水産省蚕糸試験場に関する記述を本の中から見つけ、喜んで引用したことがあるが、その際の同書の記述の中に出て来る「関香園」という料理店のことを少し調べたいと考え、グーグル検索をかけたところ、本日紹介する本がヒットした。

本書に出会うまでにはいくつかの偶然が重なっている。昨年10月にインドから来日したご夫妻を東高円寺の日本の近代蚕糸行政発祥の地に連れて行ったこと、同じく『帝国日本の気象観測ネットワーク』の著者から本を謹呈されたこと、それを読んで東高円寺界隈の記述をその中に発見したこと、そしてグーグル検索で「関香園」を調べたこと―――これらの1つでも欠けていたら、本書にはたどり着けなかったと思う。

最初はどこかの図書館で借りようと考えていたのだが、そもそも近所の図書館では所蔵しておらず、海外赴任を間近に控えて、とうとうしびれを切らしてBook-Off オンラインで中古本を購入してしまった。こんな本を中央線沿線の公立図書館が所蔵していないのもどうかと思う。中央線の前身である甲武鉄道の新宿-立川間が開通したのは明治22年で、その時にできた5駅の1つに境(現・武蔵境)も含まれていたらしい。僕が通勤で使っている武蔵境がそんな由緒ある駅だというのは本書を読むまで知らなかった。そんな中央線の歴史にまで触れている本書を、駅から至近距離にある武蔵野市立図書館(武蔵野プレイス)が所蔵していないのはおかしいと思うぞ。

読んでみた印象としては、中沢新一の名著『アースダイバー』の武蔵野・多摩バージョンといった感じである。だからこそ、『アースダイバー』を所蔵している武蔵野・多摩地区の公立図書館が、こんな面白い本を置いていないのはもったいないと思わずにはおれない。

編著者は本書の問題意識を次のように述べている。

ちょっと気になって地形を足裏で感じつつ、土地の姿を丁寧に観察すると、武蔵野の原風景が随所に浮かび上がる。近代都市のインフラであり、今は人々にとっての生活圏の空間軸を構成する中央線、そして地域中心の阿佐ヶ谷駅から離れれば離れるほど、懐の深い土地の古層と出会う機会も増え、町歩きを楽しめる。
 ところが、人びとの日常において意識される重要度は、まさに逆の順になっている。つまり古い構造ほど、深層に眠っていて意識されることが少ない。だが、一度これらの存在に気づくと、その地域ならではの空間的なアイデンティティをはっきり認識できるようになる。土地への愛着も増し、楽しみも増える。(p.137)

元々、江戸時代の集落は街道筋沿いに形成されていたので、青梅街道や甲州街道沿いに生活が展開されていた。甲武鉄道が新宿から立川まで敷設されるにあたり、当初は甲州街道沿いが考えられたらしいが、沿道の住民が蒸気機関車の吐く火花で火事になることを恐れて反対し、それで今のルートになったのだという。僕らにとっては当たり前だった中央線沿線の中心の生活圏形成が、昔の常識ではなかったという点は、注意が必要だ。それがさらに江戸時代から歴史を遡っていくと、今度は江戸から放射線状に延びる街道筋ではなく、北関東から鎌倉に至る南北の街道とか、神社仏閣参拝のための歩道といった形で利用されてきた。集落も、湧水へのアクセスが容易な地域に主には形成されていた。

そうした古代から中世、近世、近代に至るまでの武蔵野・多摩のランドスケープの移り変わりを、わずかながらにでも垣間見ることができる1冊として、この本はなかなか面白い。

ただ、「中央線」沿線と言ってるわりにはエリアのカバレッジに偏りがあるので要注意。新宿から中野、高円寺、阿佐ヶ谷辺りまでで暮らしている人や、国分寺~府中間の武藏国分寺のエリアで暮らしている人、そして日野・豊田で暮らしている人にとっては、地域の歴史を発見できる良書だと思えるに違いないが、僕の住む三鷹・武蔵野エリアの言及はほとんどなく(それが、両市立図書館で本書を所蔵していない理由かも)、立川も同様に触れられていない。また、主には中央線の南側の踏査には向くが、北側のエリアについてはあまり書かれていない。

そうした偏りはあるものの、このエリアに多少なりとも縁のある人なら、是非読んでみることをお薦めしたい。僕の場合も、5年前の東日本大震災の時には市ヶ谷の職場から青梅・五日市街道、人見街道を経て徒歩で帰宅したし、長距離の走り込みの際には、同じく職場から方南通り、人見街道を経て帰宅ランを敢行したこともある。そして、今では職場の有志で「中央線沿線の会」なるものを形成し、中野、阿佐ヶ谷、西荻窪等で時々飲んでいる。

次回「中央線沿線の会」は僕の送別会を兼ねて行われる。そこで語れる薀蓄のネタとして、この本を今読んだのは大変に価値がある。

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