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『蚕の城』 [シルク・コットン]

蚕の城―明治近代産業の核

蚕の城―明治近代産業の核

  • 作者: 馬場 明子
  • 出版社/メーカー: 未知谷
  • 発売日: 2015/07
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
日本の遺伝学は蚕(絹織物産業)から始まった!明治日本の近代化の礎として世界遺産に登録された富岡製糸場と絹産業遺産群。その一つ、荒船風穴に代表される蚕の種(卵)を保存する技術は3・11以降、遺伝学研究にとって非常に重要なものとなっている。カイコをめぐって発達した産業と学問の、黎明期から現在まで明治以来、連綿と続く、カイコの遺伝学を中心に追う。

このところ、珍しくも「蚕(カイコ)」と名の付く新刊本が出てきている。富岡製糸場と上州の絹産業遺産群が世界遺産登録されたことが大きいのだと思う。放っておいたら忘れ去られてしまう日本の文化や産業の遺産にこうして光が当たるのは良いことだ。

僕も少し前にカイコのライフサイクルを勉強し、それを生かして産業として発展させた蚕糸業の歩み自体の理解も深めた。特に製糸の工程については、日本の近代化を支えた明治から昭和初期の群馬や岡谷の様子を調べ、勉強もしてきたつもりだ。ところが、理解困難でなかなか触れられなかった養蚕の一側面がある。それが系統保存と育種である。

そもそも遺伝学なんて中学生の頃にメンデルの法則を少しかじったぐらいだし、一時期わりとよく見ていた競馬でも、サラブレッドの血統について言われていることはよくわからなかった。近代産業としての養蚕が成立する以前なら、自家で掃き立てたカイコの中から形質の良さそうな繭を選んで成虫を羽化させ、交配して次の種を得るような自家再生産をやってたんだろうと漠然と思っていた。しかし、質が一定の繭を大量に生産する必要が生じた近代の蚕糸業はそんなわけにいかないから、品種の改良とか行いつつ、一定品質の種を大量生産する仕組みも整えられていったに違いない。

しかし、そんな掛け合わせの妙による育種や、その系統を長期間保存して絶滅しないよう備える技術など、特別な知識と技術が必要な世界で、僕らのにわか勉強ではとうてい太刀打ちできない話のように思えてならない。現に、この部分については一般読者向けにわかりやすく書かれた本というのが意外と少ない。カイコの飼育に関してはいっぱい本があるのに…。

ところが、そんなジャンルにあえて切り込んだルポライターがいた。

福岡のルポライターが必死に生物遺伝学を学んでわかりやすく書かれたという点が良い。一般人目線だから、変な専門用語を多用せず、わかりやすい表現にとどめている。これは助かる。

外山亀太郎、田島弥太郎等、名前だけはよく知っている生物遺伝学の偉人の功績についてもしっかり記述がある。雑種強勢をタイで発見した外山亀太郎博士はネットでもよく紹介されている偉人なので多少の予備知識はあったものの、田島弥太郎博士は僕が駐在していたインドに1950年代に技術指導にいらして、そこで幼虫時代でも雌雄鑑別できることを現地の人々に示して驚かせた人だというのは知っているけれど、それ以前にどこで何をされていた人なのかは知らなかった。(田島姓だからきっと群馬の島村のご出身だろうと想像はつくけれど。)

それに、この著者の馬場さんが取材していろいろアドバイスを送っている九州大学の先生の1人は僕の知人でもある。インドで2000年代に養蚕の技術指導をされた方だ。

このように、断片的にであってもインドにつながる人が登場しているだけでも親近感が湧く。

ただ、タイトルは内容紹介文がミスリーディングなのはは、この本の舞台はほとんどが九州大学だというのに言及していない点だ。いかにも全国の系統保存・育種の話だと思わせぶりな内容紹介にしておきながら、その実は九州大学の100年以上にわたる系統保存・生物遺伝資源の取組みを多くの人に知ってもらうために書かれたものである。そもそもタイトルにある「蚕の城」というのも、九州大学のことを指す。

そんな九大も、大学の実学重視の風潮に飲み込まれつつある。著者はそれに警鐘を鳴らす。

「彼等は世間離れしていませんよ。でも、実用向けの産業には近くない。九大のカイコの遺伝子研究はみんな役にたたないものばかり。繭がたくさんとれる役に立つものは全部、農林水産省に渡しているんですから」

【現代の風潮では大学においても金になる研究でなければ研究費の獲得が困難といわれ、その対応に苦慮されている基礎研究分野の先生方の日常を見聞きする中で、カイコ突然変異遺伝子の保存事業が九州大学農学部で100年継続されて来たことに対し、心より敬意を表します】

 大学では、「カイコの遺伝子資源は世界的な研究活動を支える知的基盤であり、長年蓄積してきたリソースの整備、管理、情報発信に関する九州大学の研究を継承、発展させる」ことを大きな方針としている。共通しているのは、「系統保存が遺伝学の基盤だ」という強い認識である。(pp.135-136)

いつ必要にされるのかわからない遺伝資源の系統を保存し続ける地道な取り組みに光を当てたいという著者の思いはすごく伝わってくる本だ。

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