『脱「ひとり勝ち」文明論』 [仕事の小ネタ]
内容(「BOOK」データベースより)「オープン・イノベーション」というキーワードで図書検索していたら、たまたまヒットしたのがこの本である。大学が公的助成や企業の参画を得て進めた電気自動車関連技術の研究開発を「オープン・イノベーション」と称して本書で紹介しているからなのだろうが、本書は書かれたのが2009年であり、著者の清水浩氏は既に慶應義塾大学環境情報学部(湘南藤沢キャンパス)を退官され、川崎市内でe-Gleという企業を立ち上げ、「未来の交通とエネルギー社会のデザインをリードする企業として、「インホイールモーター」や基盤技術をもとに、電気自動車、再生可能エネルギー、スマートエネルギーを地球規模での普及を目指し」ておられるようである。
未来はこんなに明るいのだ。不況対策も地球温暖化もエネルギー問題も全て解決。エリーカ開発者が語る、「太陽電池と電気自動車」が作る新文明。
内容的には電気自動車の研究開発の本だと容易に想像ついたが、それでも惹かれたのは、むしろこの本のタイトルだった。「脱・ひとり勝ち」というのは、何となく米国中心の石油依存型技術体系やそれに基づく社会からの脱却のことを言っており、実現すれば未来はすごく明るくなるような気がする。著者の主張は、現在の地球温暖化・気候変動の原因は20世紀型文明の根幹をなしていた化石燃料依存型の技術が、二酸化炭素の大量発生につながっているというもの。特に先進国では二酸化炭素の発生原因のほとんどが化石燃料の燃焼にあり、しかもそのほとんどは火力発電、自動車、製鉄所、燃料を直接燃焼させえ熱を得るという用途にあるという。従って、火力に依存しない発電システムが普及し、それに基づいた充電システムが開発され、石油でなく電気で走る自動車が普及すれば、二酸化炭素の排出抑制は大きく進むとみている。
こうした考え方に基づき、著者は慶應大学SFCで長年電気自動車の開発を進めてきた。単に動力源の開発にとどまらず、多くの人が車に求める価値――「加速感」「室内面積の大きさ」「快適性」を兼ね備えた自動車にするために、自動車にまつわるあらゆる可能性を追求し、研究開発に努めてきた。著者の起業したe-Gleの売りの1つは、自動車のタイヤホイールの中に直接モーターを内蔵させることで車体の軽量化や動力伝達のロス、騒音を抑える動力システムにある。これも大学で研究されたものだ。
また、著者の主張は、太陽電池開発技術では日本企業は辛うじてトップを維持しており(2009年現在)、著者の提唱する太陽電池と電気自動車のセットによる二酸化炭素排出削減には、日本の企業の協力が必須であるという点にもある。ただ、この当時の太陽電池開発における日本企業のアドバンテージは、現在はさらに失われてきてしまっているかもしれない。また、電気自動車にしても、著者の主張するリチウムイオン電池の活用ではなく、トヨタのFCVあたりが出てきそうで、今後の10年、20年を見越した時に何がスタンダードになっていくのかはまだ予断を許さないのではないかと思う。
いずれにしても、今後2050年頃までを視野に入れて地球の未来を考えていく場合、地球温暖化や気候変動対策は不可避の道なのではないかと思う。極端なことを言ってしまえば、このテーマはこれからの経済や社会の全体にかかってくる重大な課題だと思う。「ひとり勝ち」にはいろいろな意味があると思うが、僕は米国が頂点を成すようなヘゲモニーではなく、各国が自国だけの国益を考えるのを放棄し、地球全体の利益をもっと考えていく時期に来ているのではないかと捉えている。今の国会では安保法制を巡って議論が喧しいが、軍事力の行使の要件にある「国の存立が危機にさらされる事態」のことを云々している間に、そもそも地球全体が存立の危機にさらされる事態を迎えようとしているのではないかとすら思う。
「地球人類全体の存立に関わる危機事態」はイコール各国の存立に関わる事態である。安保法制を性急にまとめて仮想敵国から自国を守ることを云々しているぐらいなら、いっそのこと地球全体の持続可能な開発への積極貢献策を一方的に打ち出して、それによって日本は「潰すには惜しい国」として世界からの認知度を高めていく方がよっぽど国の安全保障につながるのではないだろうか。
この本は、大学生はおろか、中高生にも読んでもらえるような優しい表現が使われている。技術的な議論はなるべく避け、著者が口述したインタビューを文章に起こして編集したのが原稿になっているから、基本的に「である」調は使われていない。また、著者が高校から大学に上がって学生生活をどう過ごしたのかが書かれている箇所は、僕は我が家の子ども達にもできれば読んでほしいと思った。
受験が終わったら勉強をしなくなるというのが普通の大学生活ですが、ぼくは、受験勉強くらいの勉強を大学でもやってみよう、と決心します。我が家の子ども達、今は学校に入るために一生懸命勉強しているけど、入ってからはもっと勉強しなよ!
ここであえて「決心」と書きますが、大学生にとって、遊べなくなるというのはかなりの決心なんですね。
平日はバレーボール(註:部活動)がありますから、長期休暇に入ったら、1日に、12時間や13時間は勉強をするようにしました。
そうしたら、効果がスゴくありました。高校時代は、まわりも同じくらい勉強をしているから、まぁまぁ勉強のできるヤツというレベルでしたけれど、受験勉強の終わったあとにも、ひとりだけ勉強していたら、当然かもしれませんけど、グンと成績はのびたわけです。
その時代の勉強の感触が、いまにつながっているのだろうなぁ、とは思います。
みんなが横一線で戦っているときに同じように戦おうとして、「ひとり勝ち」を目指そうとしたら、うまくいかないんだけど、誰も戦っていない、まっさらな開拓地でがんばったら、けっこうすぐに結果が出るとわかったのですから。
そのおかげで、大学を卒業するときには、ぼくは、学科の中では相当に優秀な成績、ということになっていました。(pp.108-109)
コメント 0