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『大村智 2億人を病魔から守った化学者』 [読書日記]

大村智 - 2億人を病魔から守った化学者

大村智 - 2億人を病魔から守った化学者

  • 作者: 馬場 錬成
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2012/02/09
  • メディア: 単行本

今日は、日本の天然物有機化学者で元北里研究所の所長である大村智博士の伝記を紹介する。何の脈絡もなくこんな本を読んだのは、この本は大村博士の弟さんから寄贈されたものであるからだ。寄贈されてから半年近くも経つのに、いまだに読んでいないのは申し訳ないと思い、今月に入ってから急遽読みはじめた。読書メーター上で「積読」状態になっている本がかなり増えてきたので、それを少しでも捌いていこうと思ったのである。

ここで、大村博士の業績をウィキペディアから拾ってみる。

45年余に亘り独創的な探索系を構築し微生物の生産する有用な天然有機化合物の探索研究を続け、これまでに類のない450種を超える新規化合物を発見した。一方、それらに関する基礎から応用にわたる幅広い分野の研究を推進した。遺伝子操作による初めての新規化合物の創製、マクロライドを中心とした一連の生物有機化学的研究と有用化合物の創製、工業的にも重要な抗寄生虫抗生物質イベルメクチン生産菌の遺伝子解析など、いずれも世界に先駆けた研究であり、新しい研究領域を切り開いてきた。

大村博士が発見した化合物のうち25種が医薬、動物薬、農薬、および生命現象を解明するための研究用試薬として世界中で使われており、人類の健康と福祉の向上に寄与している。加えて100を超える化合物が有機合成化学のターゲットとなり、医学、生物学、化学をはじめ生命科学の広い分野の発展に多大な貢献をしている。 その中の抗寄生虫薬イベルメクチンは、熱帯地方の風土病オンコセルカ症(河川盲目症)およびリンパ系フィラリア症に極めて優れた効果を示し、中南米およびアフリカにおいて毎年約2億人余りの人々に投与され、これら感染症の撲滅に貢献している。さらにイベルメクチンは世界中で年間3億人以上の人々が感染していたが、これまで治療薬のなかった疥癬症および沖縄地方や東南アジアの風土病である糞線虫症の治療薬としても威力を発揮している。

その他、生命現象の解明に多大な寄与をしているプロテインキナーゼの特異的阻害剤スタウロスポリン、プロテアソーム阻害剤ラクタシスチン、脂肪酸生合成阻害剤セルレニンなどを発見した。 また、同博士が発見した特異な構造と生物活性を有する化合物は創薬研究のリード化合物としても注目されており、新規抗がん剤などが創製されている。

オンコセルカ感染症については、2000年に米ワシントンで駐在をはじめた頃に初めて耳にした。その制圧は世界的にも成功事例と高い評価を受けているが、その背後に日本の生化学者が開発した抗生物質があったというのは知らなかった。オンコセルカ感染症はブユを媒介して拡散し、蔓延地域では一家に1人は目が見えなくなる人がいるというぐらいに頻繁に発症して住民生活に与える影響が大きい寄生虫病である。

寄生虫病の対策としては、もう1つ媒介虫の駆除という方法論もあって、オンコセルカ症も中米ではブユの駆除によって大きな効果をあげたと聞いたことがあるが、アフリカに関しては、もう1つのアプローチである、自然由来の抗生物質を年1回投与することで、発病率を大幅に抑制できたのだというのだろう。対症療法は、こうした服用を決められた頻度と期間で正しく服用するのが難しい。その点、年1回服用するだけでいいというのはとてもシンプルで発症者は受け入れやすい。これほど効力があって、なおかつ薬物耐性がほどんど形成されない抗生物質は珍しいというので、これを開発した大村博士は評価されているのである。その業績は、ノーベル化学賞をいつ受賞してもおかしくないと言われている。

本書は大半がこうした大村博士の研究業績の詳述に費やされているので、医科学の知識が多少でもないと読み進めるのは難しいかもしれないが、実は僕にこの本を読んでみてと薦めて下さった大村弟先生の意図はオンコセルカ感染症撲滅に対する大村博士の貢献ではなく、博士や弟先生が少年時代を過ごした山梨県韮崎周辺の当時の様子を知らせたかったからだと思う。

農業と養蚕で5人の子は全員が大学へ
 母親の文子は大村少年が国民学校5年生のころ、大村少年が通っていた神山国民学校に転校してきたが、1945年8月の終戦とともに教員を辞めた。終戦を迎えた年、大村少年は10歳になっていた。
 最後の農地解放によって、大村の家の農業を手伝う人もいなくなった。そのため母親も、野良仕事をせざるを得なかった。小さな体に大きな籠を担ぎ、田や畑へ父親と一緒に出かけていった。やがて父親に村の要職が増えて出かけることが多くなってくると、ピアノを弾いていた細い手に鍬を持ち、祖母とともに農業を守った。そして大村少年は、その母親の生活の中に多くを学んだ。
 母親はほぼ20年間の教員生活の後、子どものころもほとんど経験のなかった農業を42歳にして本格的に始めたのである。その年からでは無理だと諦めても不思議ではないが、初めは見よう見まねだったがいつの間にか田植えや桑摘みなど一人前の仕事をするようになった。
 (中略)
 母親の生まれ育った田之岡村は県下でも屈指の養蚕の盛んなところであり、母親も幼いころから桑摘みなどを手伝っていた。そのため桑を摘むことにかけては、祖母にも父親にもひけを取らないだけの技術を身に付けていた。母親は教員を辞めてからも村の人たちからは「先生」と呼ばれていた。教員をしていた経歴だけではなく、養蚕のことを村の人々に教えるようになっていたせいであった。1日の家事が終わり寝る直前になってから母親は日記を書き始めた。疲れのためペンを持ったまま眠り込んでしまうのも度々だったと母親から聞いたことがある。
 大村家は養蚕にかけてはいつも繭の検定に合格するなど、村で1、2を誇る成績を上げ品質のよいものを生産していた。それだけ現金収入もあったのである。その最大の貢献者は母親だった。戦後しばらくの間、工業力がまだ戦争の疲弊から立ち直れない時期、我が国の養蚕は貴重な外貨を稼いでいた。大村家は、養蚕にかけては母親が中心になって経営史、そこからあがってくる貴重な現金収入をもとに5人の子どもたち全員を大学にやることができた。当時、大学まで進学できるのは、村でも非常に珍しかった。大村は5人きょうだいの長男であり上には姉が1人いる。その5人の兄弟姉妹が全員大学を卒業したのは村でも大村家くらいであった。
 大村が成人したころ、一度だけ母親から日誌を見せてもらったことがある。そこには、カイコの成長記録が克明に書かれてあった。「某月某日何をした。蚕室の温度は何度で、どんな状態であった。こんな工夫をしえみた……」というように、養蚕の手法や結果が記録風に書かれていることに大村は非常に感銘を受けた。
 カイコは気温、湿気などに左右されて成長が遅れたり、卒倒病や軟化病などの特有の病気の発生をみたりする。それらを防ぐための、桑の葉の与え方なども記入してあった。まさに研究成果の記録である。毎年毎年の様子を記述し、昨年、一昨年、と日誌に記入された記録を見ながらその年の作業の予定や仕事の手順を考え、無駄をなくしながら技術を改良していったのだ。そのようにして努力して、いつの間にか人前で講義をするほどになった母親を大村は尊敬していた。母親のそのような生き方を見てきた大村は、研究者になってからは、母親の研究熱心だった取り組みが自身に乗り移ったように感じることがあった。(pp.33-35)

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《養蚕日誌のイメージ。寺倉弓恵写真展『御蚕様と』より。2015年2月26日》

読んでいてデジャブ感が半端なかった。僕が2012年にインドの養蚕の本を書くにあたって、南インドの養蚕村で3週間ほど聞き取り調査をやったが、その時にも、子どもを大学に行かせたという農家の声を頻繁に聞いた。60年以上の時間差はあるものの、今南インドで養蚕が果たしている役割は、終戦直後の山梨で養蚕が果たしていた役割と非常によく似ているということである。日本では養蚕が国の経済発展、近代化に大きな役割を果たしたことはよく言われるところだが、こうして養蚕で現金収入を得た農家の中から高等教育の機会を得て羽ばたき、生化学のような他の分野で世界的にも影響力のある優れた実績をあげるというストーリーも結構あったのではないかと推測する。大村家のストーリーを見ていたら、これから南インドでも、養蚕農家から大学に進学した若い世代の人々の中から、世界的にも評価される優れた研究業績を残す人が現れるかもしれない。そう思うとなんだかワクワクする。

今さら自分がこうありたいと思える年齢でもないが、研究者を目指すならいきなり英文で論文を書けというのは同感。大村博士は山梨大学の出であり、大学卒業後、定時制高校の夜間部の教師から社会人としてのキャリアをスタートさせている。夜間は教師、昼間はやがて大学での聴講から大学院進学へと進んでいくが、地方大学出身ということで低く見られていた経歴を逆転させたのは、最初から英語で論文を書き、それが欧米の研究者の目に留まったというのがあったらしい。うちの長男も理系志望だが、第一志望の国立大学は今のところは高嶺の花のようである。経済的に余裕のある家ではないので、浪人などして欲しくはない。第一志望でなくても、入学できた大学では、論文を英語で書くぐらいのことには挑戦してみて欲しいと思う。英語だけはちゃんとやっとけと言うことにしたい。

大村先生がノーベル賞を受賞されるような時が来たら、この本を話のタネにしたいものだ。

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NO NAME

大村博士、ノーベル賞おめでとうございます。
by NO NAME (2015-10-05 18:43) 

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