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『アジア・太平洋地域のESDの新展開』 [仕事の小ネタ]

今のところあまり新聞紙上でも取り上げられていないけれども、今日から12日まで、名古屋でESDユネスコ世界会議というのが開催される。ESDとは「持続可能な開発のための教育」という意味で、国連で決まった2005年から2014年までの「ESDの10年」を振り返り、これまで10年間の各国の取組状況を確認し、今後に向けた課題を整理し、次の10年間の取組方針について合意形成を図ろうとする会議だ。

《知花くららさんのナレーションによるこのビデオが最もわかりやすいかも》

元々、「ESDの10年」は2002年にヨハネスブルグで開催された持続可能な開発に関する世界首脳会議(WSSD)で小泉純一郎首相が日本の市民社会組織と共同提案したものである。持続可能な開発の実現に向けてはそうした意識を強く持つ人材の育成が不可欠ということで、従来から国際協力においても人材育成を中心に据えてきた日本がこれを提唱することはまったく不自然ではない。ESD推進の取組みは、日本が世界でも最も進んだ国だろう。

それでも、「ESD」という言葉自体は、知っている人は知っているけれど、知らない人は全く知らないという状態にとどまっているようにも思える。WSSDで日本政府が提唱した割には、ESDに関わるような政府の人でこの10年間一貫してESD推進に携わってきたという人は少ないように思える。ユネスコ自体も、国際機関としてはむしろ「万人のための教育」というアジェンダの方を強く推していて、持続可能な開発に向けた人材育成が自分たちの責任だという意識はあまり強くないのではないかと思う。だから、持続可能な開発が今後2030年に向けたグローバルな開発課題としては重要なのに、そのための人材育成の重要性という話になると、いったい誰が責任を持って取り組んでいるのかが全くわからないといった事態に陥ってしまうのである。

ESDという言葉を知らない人が多いというのは、YouTubeに掲載されているESD関連の啓発ビデオの再生回数の少なさが如実に物語っている。それでも日本が進んでいるというのは、それと意識されていなくても、実際にはESDだという取組みが多いからである。自分たちがやっている環境教育や国際理解教育、人権教育、防災教育、多文化教育、ジェンダー教育、消費者教育等といった教育の各々の側面が、持続可能な開発に貢献しているのだというのを意識している人は、環境保護・保全の啓発活動をやっている人を除けばそれほど多くはないだろう。国際協力に取り組んでいるようなNGOの人たちも、その活動の中で「持続可能な開発」は意識しているものの、それをESDと関連付けて語ろうとはあまりしていないように思える。その重要性は間違いないけれど、ESDはブランド戦略としてはあまりうまくいっているとは思えない。

でも、ESD推進に向けて、頑張っている人は国内にも大勢いらっしゃる。今まで気付かなかったけれど、ESDをタイトルに付けた本は結構出ている。YouTubeのダウンロード回数と一緒で、どれくらい売れているのかはわからないけれど…。

そういうわけで、ESDユネスコ世界会議開催にちなんで、ESDに関する書籍を少しだけ読んでみることにした。

アジア・太平洋地域のESD 〈持続可能な開発のための教育〉の新展開

アジア・太平洋地域のESD 〈持続可能な開発のための教育〉の新展開

  • 編者: 阿部治、田中治彦
  • 出版社/メーカー: 明石書店
  • 発売日: 2012/04/10
  • メディア: 単行本
本書は非常に分厚い。タイトルが示す通り、アジア・太平洋地域の各国におけるESD推進の取組みがかなり網羅的に書かれている。網羅的でなく一部のNGOによる特筆すべき取組みだけを囲み記事で取り上げている国もあることはあるが、少なくとも単独章扱いになっている国については、国の政策から始まって市民社会組織の取組みに至るまで、それなりの広さと深さを伴った記述だ。

でも読んでいて感じたのは、やっぱり日本がある意味いちばん進んでいるということ。編者も認めているように、東南アジアの国々ではESDは環境教育の推進と同じ文脈で述べられているし、南アジアではESDは政府によるトップダウン施策としては環境教育の要素をふんだんに取り入れているが、草の根でのESDへの取組みはむしろ開発問題や格差問題の意識づけという、政府とは距離を置いた内容となっている。また、大洋州の島嶼国での取組みは、小国であるためになかなか政府でも人材の配置が追いつかないという制約を抱えているようだ。どれも一朝一夕には片付けられない課題で、進展にはまだまだ時間もかかりそうだが、ポスト2015年の「持続可能な開発」に向けた人材育成の必要性の高まりを考えると、あまり悠長なことも言っていられないのではないかと思う。

グローバルな持続可能な開発の目標は、2015年から2030年までの15年間を達成期間と想定してる。一方、名古屋で枠組みが決まる国連ESDの次の10年は、2015年から2024年までの10年間を取組期間と定めている。人材育成が実際の成果として表れてくるまでの時間差を考えれば、感覚的には整合しているように思えるので、国際社会は名古屋で今回合意する行動計画の実行に向けて、これから取り組んでいくことになるのだろう。

一方で日本に関する本書の記述を見ていると、ESD推進に向けた法整備はそこそこ進んでいるし、自治体やNPO、学校等のレベルでは優れた取組みが全国に見られるようだが、それらが点から面的な広がりを見せるにはまだまだ横のつながりが強くないのかなという印象を受けた。元々地域でESDに取り組む人たちの多くが、その地域の持続可能性を考えておられるため、その取組みが地域を越えて、近隣の自治体を巻き込んだり、あるいは特定の河川の下流域と上流域をつないだ活動に展開したり、さらには全国のブロック単位とか全国レベルとかの持続可能な経済や社会の発展というところまでにはなかなかつながっていっていない。国際協力をやっている団体の多くが、そのフィールドを海外に持っているため、国内での特定地域の活動に特化している団体などとはあまりつながりもなく、交流機会も乏しいのかなと思う。環境教育と開発教育が密に連携しているというイメージは、東南アジアどころか日本でもあまり強く受けない。いちばん取組みが進んでいるという印象はあっても、日本もまだまだ課題は山積している。

そんな中で、名古屋で何が話し合われ、何が決まっていくのか。注目して見守りつつ、そんな中で僕たちの肩幅で何ができるのか、少し考えてみたい。

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