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『首都水没』 [読書日記]

首都水没 (文春新書)

首都水没 (文春新書)

  • 作者: 土屋 信行
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2014/08/20
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
ゼロメートル地帯が4割を占め、多数の地下鉄が走る東京は、きわめて水害に弱い構造である。仮に利根川で氾濫が起きれば、浸水区域内人口約230万人、死者数約6300人という膨大な数になると予想されるのだ。首都水没、驚愕のシミュレーション!

首都圏の災害に関して最近出た本をもう1冊紹介します。とはいっても、正直なところ、読みやすさという点では前回ご紹介した『ドキュメント豪雨災害』に相当負けているように思う。読ませる文章を書くことに長けているジャーナリストと、わかりにくい文章を書くのが得意な元役人の違いがもろに出ている。そのギャップを埋めるのが編集者の仕事だろうと思うが、どこまでオリジナルの原稿に手を入れることが許されたのか、いずれにしても読ませる文章にまでブラッシュアップするのには成功していない。

頂上がどこにあるのかわからない山間地の森林に迷い込んでしまったような気持ち悪さだ。著者が言いたいことはなんとなくわかるが、それを読者にわからせる前に、文章の稚拙さで損をしてしまっている。何がコアなメッセージなのかがすぐに理解できないから、内容を紹介するところまでたどり着けない。

僕は本を手に取ったら目次のチェックをして、その上で前書きを読んで、本の流れをおおまかにつかもうと心がける。前書きに、各章で書こうとしていることが簡単に述べられていると、目次と関連付けて理解しやすい。そして、各章とも、前章からの流れで、その章では何について書くかを冒頭で述べておくことで、前章からのつながりがわかりやすくなるし、各章とも最後の結論部分は、次章に何を持ち越すのか、何らかのカギとなる質問で締めくくるのがよい。

そうした基準で見ていくと、本書は先ず序論、結論の章を除いても9章もある。しかも、章と章のつながり方がほとんど見えない。それが前書きにでも書かれているかと期待して読んでみると、本書の構成には全く触れることもなく、なんと2ページで終わっている。前書きを読んでも、著者の問題意識は見えてこないし、本書の流れを予め理解することができない。

仕方なく読み始めると、今度は各章の内容についても、各章冒頭にこの章では何について書くという趣旨の説明がまったくされていない。章と章のつながりだけでなく、節と節のつながりも、時としてよく理解できない箇所が見られる。そして、最後に結論が述べられているかと期待して読み進めると、またここでがっかりする。途中、文脈がつかみづらい無駄話が相当に含まれている。

これで250頁近くもある、新書としては少し分量多めの本だが、その気になれば削れるところは随所にある。そもそも『首都水没』などとショッキングなタイトルをつけて読者を煽っておきながら、文体は「です・ます」調だし、所々には古き良き時代の偉人のお話がのどかに紹介されていたりする。単に著者が昔現役役人だった時代に地元の人から聞いた話が紹介されているところもあるが、それは含意があるというよりも、単に自分はそういう貴重な話を聞いているんだという自慢話にしか聞こえなかったりする。これで出版にゴーサインを出した編集者もある意味すごい。

著者が主張を勝手に整理すると、1つはその地域が持っている歴史や伝承に注目しようということで、これはまっとうな主張だ。市町村合併などがあって、地名にも辛うじて残っていた昔の水害の記憶が、今ではかなりの自治体で消え失せようとしている。これはその通りだ。

その一方で、意外と特徴的な著者の論点の1つは、防災対策を住民や自治体単位で行なうのには限界があるので、もっと国が防災に直接的責任を負うべきだというものだ。有事の際には被害が広域に及ぶということと、各自治体単位で防災専門の担当官を配置するのは人材育成や確保の面から困難を伴うというのもその通りだろう。でも、この著者は江戸川区の土木部長を実際に歴任された方らしいが、その時にご自身が何に取り組んだのかということには意外と触れられずに、自治体じゃ無理だから政府が直轄で行なうべきだと言われても、単に江戸川区で実績があげられなかった理由を政府に押し付けたようにも見えてしまう。「カミソリ堤防」が危ないと論じられていても、自身が土木部長を務めていた江戸川区では、カミソリ堤防が多く残っている。このへん、どう理解すればいいんだろうか。

また、民主党政権が事業仕分けでその「スーパー堤防」を無駄な構造物と位置づけたり、八ツ場ダムの建設差止めを支持したりといろいろあったわけだけれども、著者が本書で言うようなスーパー堤防の効能や、荒川・利根川上流域での流量調整をダムが担っていて、それによって河口部の住民生活が守られていたのだという論理も、なぜ事業仕分けの時に言わないのか、仕分けられることを回避するために、著者自身が何をやったのかが書かれていない。結果的に採用されてしまった政策について、後から悪しざまに言ってもあとの祭りだと思う。民主党を批判するのは簡単だが、それじゃあ著者の主張とおぼしき、構造物をガンガン作れというのが正しいのかというと、僕にはそれも怪しいように聞こえてしまう。

東京都東部が水没してしまうリスクについては否定するつもりはない。本書で紹介されているシミュレーションの結果は、多くの都民が知っておくべきもので、知った上でどう行動するべきなのか、考えることが求められるだろう。だから本書の問題意識はいい。いいと思うのだけれど、かえすがえすも残念なのは本書の書きぶり。主張はまっとうであったとしても、文章の拙さで読者に伝わらないものが相当あるということを学ばされる1冊だった。

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